最終章:普通の女の子
第64話笑って(1)
「ふう……」
どこか遠くから、誰かの笑い声が風に乗って聞こえてくる。それをぼんやりと聞きながら、ゆっくりと流れていく羊雲を眺める。いつの間にか、ずいぶんと秋らしくなっているらしい。
あれだけ楽しみだった文化祭が、まさかこんなことになるとは。人生って、思っている以上に予測不可能なんだな。平凡に生きてくのだと、当たり障りなく過ぎていく日々がいいと思っていたのに。毎日浮かれたり沈んだりして、泣きそうになるくらい苦しくなったりして、楽しみにしていたイベントが最悪なイベントになったりする。
今までだって二人の様子を見たことがない訳じゃなかった。図書室での二人も、パン屋さんの前で、必死に理歩を追いかけるあの子の表情だって見たことがあったのに。理歩を好きだと自覚してから二人を見るのは初めてで、改めて見ると、二人がやっぱり特別な関係なのだと思い知らされた。理歩が好きなのはきっとあの子で、あの子だって、きっと。今は付き合っていなくたって、お互いが向き合っているのなら、きっといつか通じ合う日がくるのだろうと、知ってしまった。
平たく言えば、もう失恋したみたいなものなのだ。
好きな人がいても好きだとか、友達でもいいんだとか思っていたのも本心だけれど、こうして実感として振られたのだと思うと、やっぱり心に落ちてくる重しの重量は比ではない。無意識に期待していたわずかな望みさへ消えるのは、思っているよりも残酷だ。
「……あー、泣きそう」
零れない様に上を見続ける。私の心とは裏腹に、綺麗な秋晴れ。それを遮るように、ひょっこりと絵里ちゃんの顔が現れて思わず悲鳴のような声をあげた。
「びっくりしたぁ……」
「結構堂々と近づいたけど?」
「あー……考え事してたから」
絵里ちゃんにはいろいろとバレバレなんだろうけれど。隣に座った絵里ちゃんは少しの間言葉を探してから、私へと視線を向ける。
「理歩のこと……で、合ってる?」
「はは……相変わらず絵里ちゃんは鋭いなぁ」
「だって優ちゃん、ずっと理歩のこと見てたし」
「嘘、やばいなぁそれ」
「……大丈夫?」
「……理歩ね、好きな人がいるんだって。 これは私の勝手な予想なんだけどね、理歩のその視線の先にね、宮崎さんがいるんじゃないかなって。 それでさ、これも私の勝手な予想なんだけど、宮崎さんも、理歩と同じ気持ちなんじゃないかなぁって」
「……」
勝手な予想、というにはあまりにもわかりやすい気がする。これで私の勘違いだったら勝手に今泣きそうになっている私はすっごく馬鹿だって結論になる訳だけど、それはおそらくないだろう。あの二人の表情は、それくらいにお互いしか見えていなかったから。
「きついね、それ」
「んー……きつい、かも」
仕方ないって思ったって、この苦しい気持ちは簡単には消えてくれない。それはやっぱり、私は理歩のことが好きだからで。一喜一憂を大きく左右してしまう中心になっているくらい、それは大きく育っているのだ。
「……ハグする?」
「え?」
「ちゃんと泣いた方がいいかなって」
絵里ちゃんが両手をこちらに広げる。少し予想外の行動に私は少しだけ思考を止めて、そうして息を噴き出して笑って、絵里ちゃんに抱き着いた。
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