第63話特別(3)

 スマホの画面に映る私と愛花を不思議な感覚で見つめてしまう。高校の制服を着て、教室で、肩と肩が触れ合う距離で、二人の時だけに見せてくれる表情で。それは今まで、一度だって超えた事のない、超えることもきっとないと思っていた境界線の向こう側だった。


 諦観の滲む愛花の表情は昔から見たことがあった。けれどそこに、彼女は決して私を招いてはくれなかった。だからといって、何も言わずただじっと目を伏せる彼女を放っておくことなんて出来なくて、震える体は、それでも一歩なんとか進んでくれた。そうしたら、どうやらそこを超えていた。


「ねぇ、理歩」

「なに?」

「今日、一緒に帰っちゃダメ?」

「え?」


 今日は、図書委員の当番の日じゃない。そもそも今日は文化祭で、図書室を開ける日じゃなかった。びっくりすることがありすぎて、思考が追い付いていかない。ただほんの少しだけ不安をにじませて見つめる表情に、たやすく射抜かれてしまったことだけはわかった。


「ダメじゃない。 片づけとかで少し遅くなるけど」

「じゃぁ約束」


 約束、がまた一つ増える。それだけで浮かれるような気持ちになって、舞い上がりそうで。なんだか初めて、自分の力で愛花を笑わせられたんじゃないか、そんな風に思えてしまって。心の底から嬉しいがあふれ出してくる。愛花の内側に、ようやく触れられた気がする。


「あ……じゃぁ、終わったら連絡、するね」

「うん……文化祭、楽しんでね」

「うん、愛花も」


 今まで控えめだった手が、大きく振られる。誰が見ても、愛花が私に振っているのだと分かるくらいに。愛花の笑顔が私に向けられているのだと分かるように。それがやっぱりどうしようもなく嬉しくて。嬉しくて嬉しくて。


 届くわけないと諦めていた気持ちを、諦めきれないと思ってしまう。


「おかえりー、かっこよかったねぇ理歩」

「……うー」


 両手で顔を覆う。竜巻に巻き込まれたみたいに、ぐるぐると渦巻いた感情がせりあがってくる。嬉しくて、幸せで、もっとほしくて、伝えたくて、もっともっと奥に触れたくて。特別は際限なく大きくなって、溢れてしまいそうになる。

 もっと笑ってほしい。いつか、諦めたみたいな表情が愛花から無くなってほしい。隣でずっと、さっきみたいに、花のように、春のように、笑っていてほしい。私の好きは、こんな形にもなるんだ。


 私はもしかしたら、思っていた以上に貪欲なのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る