第73話答え合わせ(1)
頭の中がまっしろになって、ただただはまりあっていない歯車がカタカタと回っているだけだった。理歩の指が私の指を撫でて、矢のようにまっすぐに刺さる視線が私を射止めて、どんな言い訳も、浮かんできはしない。
そんなの緊張するに決まってる。ずっと好きだった人に手を握られている、まっすぐに見つめられている。それは、心を揺らすには十分でしょ?
理歩は、私に心を揺らしてほしいと思っている。なんで、なんて分からない程鈍感じゃない。これだけ真っすぐに示されて、勘違いだなんて逃げることはもう許されない。
でも、そうだとして、私から動くなんて出来そうにもないよ。受け止めるだけで精いっぱいで、同じものを返すことさへままならないのに。
見つめ返した瞳が、まっすぐに私を見つめる。それだけで喉元とゆっくりと締め付けられるかのように苦しくて、脳を甘く痺れさせるみたいな感覚。
「愛花は、どこまで私をゆるしてくれる?」
「え?」
「私の我儘、どこまでならいいの?」
この期に及んでそんな言葉を言わないでほしい。今までずっと強引に踏み込んできたくせに、今更確認なんてしないで、もっと。もっと我儘に近づいてくれたら、私だって覚悟が出来る気がするから。
「……全部」
「……全部……本当に?」
「理歩がしたいことなら、全部いいよ」
「……あ、の」
途切れた言葉。浮遊する空気に、彼女の顔が下を向く。真っ黒な綺麗な髪の、旋毛を見つめる。
「あの」
顔が上がって、それと同時に勢い良く立ち上がった理歩に肩を跳ねらせる。テーブルを回って隣にきた理歩が、立ち上がったのと同じ勢いで座るから、私は体を理歩の方へと向ける。「あの」とまた理歩が言う。
「手、貸して」
「……うん」
さっきみたいに、ゆっくりと手を握られる。テーブルがない分近くて、私の呼吸や心臓の音が、理歩に聞こえてしまうんじゃないか、なんて思ってしまう。
理歩の目が真っすぐに私を見る。私と同じ熱を灯した瞳が次は逸れることなくまっすぐに、私を見つめている。理歩の気持ちが、何を言おうとしているのか分かる気がして、全身が心臓みたいに脈を打つ。
「愛花」
「ん?」
「好きなの」
「……」
「あ、の……好き、だから……特別になってほしい」
私の手を握る理歩の手が震えているのが伝わってくる。それだけじゃなくて、不安げな視線とか震える声色とか震える唇だってはっきりと分かる。我儘になってくれたらいいのに、なんて、私はずるいね。全部理歩に任せてばっかりで、理歩だってこんなに勇気を出して頑張ってるのに。
手を伸ばしたかった人が、私の手を握ってくれている。
隣にいてほしかった人が、隣にいてほしいと言ってくれる。
特別になってほしい人が、特別になってほしいと言ってくれる。
手を伸ばすのも、欲しいと言うのも怖かった。その言葉が別離の始まりの合図になってしまうんじゃないかって思ってしまうから。でも、理歩からのたくさんの気持ちをもらって、それが、この恐怖すらも上書きしてくれるから。
「私も、理歩のこと好き」
「え?」
「……好きだよ」
目を丸めた猫みたいな目。なんでそんなに驚くのかな。散々私の心を揺らしたくせに。でもそんな姿が可愛いとか好きだなって思っちゃうんだから好きって魔法だよね。どんな表情だって我儘だって、愛おしくて仕方ないの。
「理歩、猫みたいな顔してる」
「っ、だって……びっくりして」
「そうじゃなきゃ我儘全部いいなんて、言わないよ」
「……そうなんだ……じゃぁ、理歩」
「ん?」
「ぎゅってしていい?」
不安げに聞いてくるのは、本当にずるいと思う。一体どこでそんなもの身につけてしまったんだろう。甘い我儘に、心臓がパチンと破れちゃううんじゃないか、なんて。そんな風に言われてしまった時に、私は断るなんて方法を知らない。
ゆっくりと回る両腕に密着する体。あぁ本当に、私がずっと焦がれていた愛おしい存在が、今ここにいるんだ。
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