第74話答え合わせ(2)
理歩の体温や感触が、腕や胸から伝わってくる。目を瞑ってそれを感じていると、どくどくと早い心臓の音が聞こえて、それが自分のそれとは違うリズムを奏でていることに気づく。
今聞こえてくるこの早い鼓動は、私のじゃなければ理歩のそれで。私にだって負けない位早く打つそのリズムが、それだけでどうしてこんなにも嬉しいんだろう。
「……理歩っていつから愛花のこと好きなの?」
「え?」
「……結構最近?」
体を離して、理歩を見つめる。心臓の音や体温の熱さ通り、顔を赤くした理歩が視線を逸らす。後れ毛を撫でながら、理歩は私が最後に理歩の家に泊まった日のことを話し始めた。
あの日に自覚したこと、けれどきっともっと前から自覚がないまま好きだったこと、自覚してからは更にどんどん思いが溢れていったこと、そして文化祭での出来事。ぽつぽつと語る言葉は、どれも夢みたいだなって思う。そんなに私に都合がいいことがあっていいのかな。
「愛花は? 愛花のも……知りたい」
「えー……いつからかなぁ」
「あ、またそうやって誤魔化す」
誤魔化せば理歩はそれ以上踏み込んでこなかったのに、もうそれは許さないと言うみたいにじっと私を見続ける。勉強の続きしなきゃ、なんてまた逸らせば次は見逃してくれたりするのかな。
中学の頃から、なんて言ったらきっと驚いちゃうよね。ずっとそういう風に見てたなんてやっぱり少し嫌だったりしないかな。そんなことを考えると、どこまで言ってしまっていいのか分からない。
「……理歩は……」
「……なに?」
「……キスしたいとか、考えた事ある?」
「え?」
またまん丸に開く目に、赤かった頬は更に赤くなっていく。それを見て少し言葉を間違えたかな、なんて、つられて恥ずかしくなる。それくらい好きって思ってくれてたら、本当のことを言ってもいいかな、みたいな確認のつもりだったのに。自分が思っている以上にこの状況に頭が混乱しているのかもしれない。
「えっと、違うの、その……」
「ある……。 あります」
真っ赤な顔、ぎゅっと瞑ったままの瞼。告白の時と同じか、それ以上に肩に力が入っている。鼓膜に響いて、脳に伝えられた言葉を飲み込むのに少しだけ時間がかかって、理解をして、頭が沸騰してるみたいに熱い。ある、んだ。それは本当に、想定外だった。
「……愛花は、あるの」
「……」
「……」
あるよ。もっと先までしたいって思ってる。だって、本当にずっと好きだったから。理歩に会って隣にいてくれるようになってからずっと好きだったから。
キスしたいし、その体に触れてみたいし、私の知らない理歩がなくなるまで、全部理歩のこと知りたい。
「引かない?」
「え?」
「本当のこと言っても、引かない?」
「えぇっと……愛花が私の我儘全部受け止めてくれるみたいに、私も愛花の全部受け止めたいなって思う、かな」
あぁ、そうだった。理歩って、私が欲しいなって言葉を欲しい時にちゃんとくれる人だった。不器用なところもあるけれど、それでもそのまっすぐさも大好きなんだった。そんなことを思い出して少しだけ笑う。
「私も、理歩とそういうことしたい位好き。 中学の頃からずっと」
「中学?」
「うん……ここで受験勉強してる頃には、もう好きだった」
白旗を振るように、本音をさらけ出す。受け入れてくれるって言ってもらえても、怖いものは怖いんだなぁ。視線が落ちて、自分の手を見つめて爪を撫でる。沈黙も怖いけど、理歩から何かを言われるのも怖いな。大丈夫って、言ってもらってるのに。こればかりは、多分自分に一生付きまとう性格なんだと思う。
「今も好きなままで良かった」
「へ?」
「だって……もしかしたら中学の頃好きでも、今は違うってこともあったかもしれないでしょ? だから……まだ間に合う内に気づけて良かった」
「あー……あるのかな、そういうこと」
「だって愛花モテるし……」
「それは関係ない気がするなぁ」
「でも、私よりいいなって人に出会うきっかけはたくさんあったかもしれないし……だからありがと、好きでい続けてくれて。 諦めたり、見限ったりしないでくれて」
優しく暖かく響く言葉。柔らかい視線。あぁ本当に、この人はどうしてこんなにずるいんだろう。喉の奥がぐっと詰まるようで、鼻のあたりがツンとして、心が震えるように拍動する。人生で最上の言葉かもしれない。この言葉さへあれば生きていくことが出来るみたいな、それくらいの。
「ありがとう」
我慢できそうになくて、顔を伏せる。でも、我慢はしなくてもいいのかもしれない。彼女の、理歩の前なら全部を出しても、大丈夫なのかもしれない。視界がかすむようで、瞼に溜まっていく涙が、重力に負けて一滴零れ落ちた。
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