第72話その熱は何色?(5)


 我儘になっているのかもしれない。欲しいと一度思ってしまえば抑えがきかないなんて、幼稚かもしれないけれど。私の言葉に、なんでもないみたいに笑うから、少しくらい意識をしてほしかった。


 あの夜触れた手、バイトを始めてからネイルをしなくなっている手。触れるだけで制御を失ったかのように暴れ出す心臓は、大きく響いて私の体をどんどんと熱くさせてしまう。少しだけでもいいから、私の熱が彼女に広がってくれたらいい。もっと、私を見てほしい。私をもっと特別にしてほしい。


「なんか、そう言われると緊張するなー」


 いつもと変わらない、少しだけ甘い声。へらりと垂れ下がる目尻も、いつもと変わりはない。でも、その頬も、耳だって、いつもよりずっと赤いことに気づいて。それがなんだか、言葉よりも如実に語っているような気がしてしまって。

 愛花の瞳が、私の瞳を見つめる。そしてそれが、右へと逸れていく。一つ一つが彼女が今私と同じようにドキドキしてくれているんじゃないか、なんて。思ってしまうのは傲慢なのだろうか。


 近づきたい。もっと、私を見て、意識してほしい。


 触れた手の指を一本一本絡めていく。柔らかできめ細やかな肌の感触を味わいながら恋人つなぎをしてぎゅっと握りしめる。そうすれば、更に赤く染まっていく肌。私の行動が、確かに彼女に変化を与えている気がする。


「ちょっと、理歩」


 少しだけ焦ったような声だった。綺麗に手入れされたピンクの唇が、何かを紡ごうとして震えている。どうしよう、まるで熱に浮かされたようで、頭がぼうっとするようで、難しいことも何も考えられなくて、ただ、もっと彼女に触れたくてたまらない。

 喉が渇く。心臓の音が頭の中で鳴り響いてるみたいにうるさい。彼女の手をぎゅっと握ると、揺れ動いていた瞳が私を見上げる。うわ、可愛いな。


「理歩、ふざけすぎだから」

「ふざけてないよ」


 だって、もしかしたら本当に初めて愛花に触れたかもしれない。いつも絶対に揺れることのない彼女の芯の部分を揺らしているかもしれない。我儘になればなるほど愛花に近づけている気がするから、だったら、もっと我儘になってしまいたい。


「ねぇ愛花」

「……なに?」

「ドキドキ、してる?」

「……」


 真っ赤な頬に耳、垂れ下がった眉に、揺れる瞳。視線が一度下に落ちて、私の手をゆっくりと握り返すその手のかすかな力に。まるで何かの魔法みたいに、私の心臓が愛花に握られているみたいに。今までに感じたことがないほどに心臓がドキドキしている。

 

 言葉以外の全部が、私の言葉に応えてくれている気がするの。熱い手のひらが、私のにも負けないその熱さが、もしかしたら、と思うくらいに私に愛花の気持ちを伝えてくれているような。

 伏せていた視線が、ゆっくりとまた上がる。愛花の目が、私の目をまっすぐに見つめる。その目が、私に答えを教えてくれていた。

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