第71話その熱は何色?(4)
ゆっくりとそのスイッチを押し込むと、ピンポーンという音が響く。ドアの向こうからドタバタと聞こえて、その後に鍵が開錠される音。ゆっくりと扉が開いて、理歩の顔が見える。
「バイトお疲れ様」
「ありがとー。 こっちこそ急なのにありがと」
「ううん、誘ったのは私だから」
あの日以来の理歩の家。諦めようって、これで最後にしようって、思ってたのに。全部できないまま、ここに戻ってきちゃったな。
中に入ると、リビングのローテーブルには教科書とノートが広がっている。もしかして、今までもずっと勉強してたのかな。開いているノートとは向かいの場所に座ると、座布団の近くに何かの感触。確かめると、そこにはイヤリングが落ちていた。
「理歩ー、これ」
「あれ……だれかの忘れ物かな。 ありがとう」
誰か、来てたんだ。特定の名前じゃないのは、複数人が遊びにきていたから、なのかもしれないけれど。理歩の手にそのイヤリングを渡す。あの子も、来てたのかな。この場所は、もう私だけが知っている場所じゃないんだなぁ。
「じゃぁ、勉強しよっか」
「うん」
理歩が開いていたものと同じ教科を開く。ノートに書きこんで、覚えるべきところを覚えていく。シャーペンを滑る音が止んでいるのに気づいて、視線を理歩の方へと向ける。
「どこかわかんない?」
「え? あー……いや、大丈夫」
「そう?」
まるで何かいたずらを隠す子供のように視線が泳いでいる。手が止まっていた理由は、問題に頭を悩ませているのとは違う理由のように見える。もう少し突っ込んでしまってもいいものだろうか、それともスルーしたほうがいいのか。じっと見つめていると、理歩がゆっくりとこちらを見つめる。
「……なんか、緊張……してるかも」
「え?」
「愛花と二人なの」
それだけを言って、理歩の視線がまた私から逃げていく。あれ、と思う。理歩が緊張する理由ってなんなんだろう。私と二人で緊張する理由、その真っ白な肌を染めている理由、最近よく、私へと近づこうとする理由。
揺らめく瞳が、ゆっくりとこちらに戻ってくる。真っ黒な瞳が、それでも何かに色づいているような、熱を持っているような。
どうして最近、そんな色ばかり見せるのだろう。まるで私と同じだと思ってしまうような、そんな色を見せないで。勘違いして、手を伸ばしたくなるから。
「なにそれ、今まで何回もあったのに」
「そうだけど……」
そうじゃない、そう少しだけ震えた小さな声。勘違いじゃなかったとしたら?そんなささやきが脳内で響く。その熱が、本当に私のものと同じなのだとしたら?
「愛花は、私といて緊張すること、ある?」
少しだけ硬い声がそう投げかける。理歩のまだ熱を灯す瞳が私を見つめる。それだけでこんなに心臓が早くなっていることを、理歩に知られていいのだろうか。今まさに、緊張してドキドキしているなんて言っても、許されるのかな。
「んー……昔はあったかもしれないけど、どうだったかなぁ」
笑みがぎこちなくなってしまったかもしれない。全部が勘違いだったとしたら、私だけがこの想いを持て余してしまうだけだったら。体に染みついたその思考は、そんな簡単には払えない。誰かの好意を期待するのは、やっぱり怖い。
「……じゃぁ」
理歩の手が、私の手を掴む。触れていることを実感させるように、ゆっくりと手のひら全体を触れ合わせてから、指を絡める。冷え性だと言っている理歩の手は、今は私の手よりも熱くて、触れた手のひらや指の隙間から、その熱が流れ込んでくるようだった。
「これは、緊張する?」
きゅっと力がこもって、彼女の視線が真っすぐに私を見る。まっすぐに伝わってくる熱に、中てられそうなのは私の方なのかもしれない。
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