第70話その熱は何色?(3)


 遠くなった三人の背中を見送って、玄関を閉める。苦手科目は色々と教えてもらったおかげで、ずいぶんと理解できた気がする。四人でいるときは、優ともいつも通りと変わらない気持ちで話すこともできるようになってきた気がする。


 昔は、ここで愛花と勉強していたっけ。

 この家に来るのは愛花だけで、本当によく来ていた。一緒の高校に行こうねって約束して、愛花に勉強を見てもらっていたことがずいぶん前のように感じられる。まだ一年も経っていないのにね。


「……愛花はバイトかな」


 テーブルに置いていたスマホを手に取る。最近はバイトを増やしたとも言っていたし、休日もやっているのだろうか。表示された十七時五十八分という時刻。また、テスト勉強を一緒にやりたい、なんて言ったら愛花は許してくれるだろうか。

 抑えが効かなくなっていると自分でもわかってはいるつもりだけど、許容されたという経験が次をとまた期待させてしまう。私が言えば、愛花は許してくれるんじゃないか、って。そう思うと、欲しいと言わずにはいられなくなる。まるで駄々っ子のよう。


 バイトがない日を聞くくらいなら、大丈夫だろうか。


 連絡画面を開いて、愛花にメッセージを送る。もうすぐテストだけど、どこか時間が合えば、少しだけでも。


『バイト今終わったよ。 どうしたの?』

『お疲れ様。 テスト勉強、また一緒にどうかなって』

『いいよ』


 一分にも満たない待ち時間。読んで、恐らく迷うことなくすぐに送ってくれたであろうことが分かって、迷わず喜んでいる猫のスタンプを送る。二つ連打で送れば、同じスタンプが返ってきた。


『丁度今からバイト先で少し勉強しようかなーって思ってた』

『え、そうなんだ。 疲れてない? 大丈夫?』

『大丈夫だよー。 だから今からそっちで勉強してもいい?』

「え」


 今から?

 愛花のバイト先は、ここからもそんなに遠くない。二十分もあれば到着するだろう。一応部屋は綺麗にしてあるし、えっと。


『大丈夫』

『じゃぁ行くねー』


 流石に想定外だった。愛花から承諾があれば、バイトのない日を聞いてスケジュールを合わせる予定だったのに。気が付けば、この後愛花が来るという状況になっている。慌ててグラス類を洗って、飲み物の確認をして、テーブルの上を拭いて。後は、後は。

 どうしよう、落ち着かない。


 中学の頃はこんなに意識なんてしなかったのに。日常みたいに当たり前に思えていたのに。今は、考えれば考えるほどに緊張して、そわそわして。視線すら落ち着かない。

 スマホの通知がなる。もうすぐ着くよ、という文面に。心臓が更に激しく騒ぎ出す。


『了解』


 とりあえず返事をして、大きく深呼吸をした。

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