第6話渡理歩(3)


「じゃぁ、学級委員は川口優斗くんと秋田優さんで、宜しくね」


 害のないような笑みを浮かべ、先生はその二人を見つめる。少しだけの同情を覚えながらも、頭の中はもう放課後のことを考えていた。ポケットに手を忍び込ませ、先生の動向を伺う。結局まだ愛花に返事を返せていないし、あの猫のような気ままさは簡単に先に帰ることを選ぶこともあるから、一度考え出すとどんどん急いてくる。幸い話好きな性格ではないようで、明日からの連絡事項を再度簡潔に伝えた後に、ホームルームは終わりになった。


「じゃぁ川口くん、号令を」

「……起立」


 終了の合図で教室の緊張が一気に解ける。その空気の中、慌ててスマホを確認すると特に何も通知は来ていなかった。とりあえず、ハートを持った猫の後に学校が終わったことを告げる文面を送信する。数秒後、文面の隣には既読がついた。


『まだ先生の話中ー』

『え、授業中?」

『授業っていうか、なんか先生のありがたーいお話』

『寝そう~』


 授業中にスマホを触っているのは、大丈夫なのかな。愛花は昔から誤解されやすいし、変に目を付けられないといいんだけど。寝そうな状態をはげませばいいのか、叱った方がいいのか、どちらが適切なんだろう。


『もう帰るー?』

『特に用事もないし、愛花待ってようかなって』

『やった~!』


 好意的な文面に、こちらまで同じようなテンションに引き上げられてしまいそう。緩みそうになる口角を、指でマッサージして誤魔化す。教室を見渡すと、まだ生徒の大半が教室に残って談笑していて、もう少し位なら教室で時間をつぶしていても問題ないだろう。


『終わったら連絡するね~』

『わかった』


 既読がついたまま動かない画面をじっと見つめる。どうしよう、嬉しい。我ながら自身の感情の揺れ動きに驚くくらいに、私の心は彼女によって簡単に揺れ動く。上がるも下がるも、彼女の一挙手一投足次第で、けれどそれをやめたいとも、いけないともどうしてか思えない。私はきっと、彼女の連絡が来るまでこの窓から見える景色がオレンジに染まってしまうまではきっと何の苦も感じずに待つことができると思う。

 そんな浮かれた思考をなんとか追い出すために、何とはなしに外を眺めている。誰もいない殺風景な運動場に、その向こうには建物が密集している。空は少しだけの雲を浮かべて、パステルな青を塗られている。確かに、少しだけ眠くなるような春の陽気。愛花も窓際の席で、空を眺めてたりしてたのかな。


「あの」

「え、あ……はい……?」

「私秋田優って言うんですけど、今からそこの二人と一緒にカフェでも行こうかなぁって話になってて、良かったら一緒にどうですか?」

「え……?」

「いや、そのー、なんていうか軽く交流というか、これからよろしく、みたいな」

「あー、ごめんなさい、一緒に帰る友達を待ってて」

「あー! そうですよね! 全然気にしないでください。 超絶暇だったらどうかなぁ~位だったので」

「そう、ですか」

「えっと、じゃぁ、また明日!」


 嵐のようにやってきた女の子は、そういって手を振った後に嵐のように去っていった。処理しきれない情報をゆっくりと咀嚼するように処理していく。どうやら遊びに誘われたらしいこと、あきたゆう、という女の子であること、ほかに二人ほどいたこと、反射的に断ってしまったこと。

 素っ気なかっただろうか、冷たい人だと思われてはいないだろうか。


 自分でも重々承知してはいるけれど、私は愛想がよくない。感情の起伏が分からないといわれたこともあるし、怒っているのかと聞かれたこともある。釣り目がきつい印象を与えてしまうのも自覚している。別に一匹狼を気取るつもりも、感情が薄いわけでもなくて、ただ少し、緊張して硬くなってしまうだけで。ということを弁解する機会というものは、大抵の場合存在しない。


「……」


 せっかく誰かと仲良くできるチャンスだったのにという後悔は、けれどどちらにしても誘いに乗ることはできなかった訳だし、という言い訳を連れてくる。そうやって頭の中で自問自答していると、愛花かからの連絡がきた。




 

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