第18話解く(2)
「じゃぁ来週から、放課後はみんなで勉強ね」
「うん」
「じゃぁまた明日」
「またね」
駅の改札を抜けて、優と別れる。来週からはお互いの得意な範囲を教えあおうと勉強会を開くことになった。テスト勉強はまったく進んでいなかったから、正直すごく有難い。
それに、四人でいると少しだけ気持ちが晴れるのは、本当にいい友人に出会えたのだと思う。
ホームで電車を待っていると、あの日のことを思い出して小さな針でつつかれる様な痛みが胸に刺さる。あの日、机に並ぶ愛花と知らない男の子は、華やかで、優の言う通りお似合いだと思った。
私がした行為は、ただおもちゃを取られて拗ねる子供と一緒で、幼稚で我儘な行動だった。私よりも違う誰かが愛花の隣にいること、その姿がすごくしっくりきていたこと、きっとそのどちらも、私はただ嫌だった。
まるで夜みたいに暗い灰色の空の中、電車が走っていく。雨は止むことを知らず、電車の窓にぶつかって線になって流れていく。それを見つめながら、沙耶のいう仲直りの言葉を考える。
自分の身勝手さを謝って、次からは境界線を越えないように約束する。やるべきことを簡潔にするならばこうだ。問題は、それをできないまま日にちが過ぎているということで。言葉はいつだって解けない知恵の輪みたいに絡まって、正しく並べることは難しい。
最寄り駅で電車を降りて、雨脚がひどくなる空を前に傘を差す。
「理歩ー」
「っ……え、愛花?」
「傘、入れてー?」
声の方に振り返ると、そこにはずっと頭の中にいた愛花がいた。駅の屋根で雨宿りしていたらしい愛花が、猫の様にするりと中に入ってくる。少しだけ低い身長は、近くに来ると必然的に上目目線になる。私は裏返りそうになる声の代わりに、首を一つ縦に振る。
「傘……持ってきてないの?」
「コンビニに寄ってる間に無くなった」
「あー……」
「でもー、おかげで理歩に会えたからラッキーかもね」
愛花のその言葉に、心臓が痛いほどに収縮する。ずるい。少し前まで喧嘩して、このまま疎遠になってしまうかもなんて思っていたのに。隣が当たり前みたいな顔で、そんなことを言うのは、愛花がずるいよ。一緒に歩いているだけなのに、ドキドキする。
「ごめんね」
雨粒が傘にぶつかる音に、まぎれこませるような声だった。少しだけ弱くて、少しだけ小さくて、そのかわりとても素直にまっすぐな声は、ぼつぼつと傘に当たる雨粒の音よりも綺麗に、私の鼓膜を揺らす。
「……謝るのは私だから」
「確かに理歩も悪いけどね」
「……」
愛花がくすくすと笑う。機嫌がいい猫がゴロゴロと喉を鳴らしてすり寄ってくるような、なんでも許してしまいそうな、そんな空気を纏っている。
「理歩は子供だからなぁ」
「……ごめん」
「でも最近は友達もたくさんできてて、えらいねぇ」
「さすがに子ども扱いしすぎじゃない?」
「ふふふ、ごめんごめん」
コロコロと変わる表情に、いつもどおりの愛花が隣にいる。夜にも負けない暗い灰色の空も、ローファーを汚す泥水も、肩を濡らす雨粒も気にならない。愛花の話を聞く、愛花のいろんな表情を見つめる。
やっぱり、この時間が私は好きだ。
「ねぇ理歩」
「ん?」
「図書委員の当番の日は、一緒に帰ろ?」
愛花の肩が私の肩に触れる。埋まった隙間に、息が止まりそうになる。愛花の手が私の手に触れて、少しだけ傘を私の方へ押して。傘にすっぽりと二人が収まる。甘やかされている。それがなんで、こんなにも嬉しくなってしまうんだろう。
「いいの?」
「うん。 その日は理歩の日」
「……その日は、愛花の日」
愛花が少しだけ驚いたような顔をして、照れくさそうに首を傾げる。私の手に触れていた愛花の手が離れて、けれど距離はそのままでいてくれる。くすぐったくて、心地いい。
「約束ね、愛花」
「うん」
染まる頬に、傘を持っていなければ手伸ばしそうだった。
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