第19話弾む理由(1)
勉強会のために訪れた近くのカフェは、同じ目的の人が何組かいて少しだけ賑わっていた。四人席へ通されて、飲み物を頼んでさっそく教科書を開く。
それぞれの科目を開いて、分からないところを聞いていく。基本的には真面目な性格が集まって、勉強会はその名の通りに進行していく。理歩は理系、沙耶と絵里ちゃんは文系が得意らしい。
「はー、バレーしたい」
メニュー表にないリンゴジュースの代わりに頼んだオレンジジュースを飲みながら沙耶が嘆く。教科書に載った問題の小問三でシャーペンが止まったらしい。沙耶は中学の頃からバレーが好きで、平均より高い身長もあって結構活躍しているらしいと、バスケ部マネージャーの絵里ちゃんからよく話を聞く。
「これが終わったらクラスマッチもあるし、バレーやりたい放題だよ」
「二週間後にタイムスリップしたい」
「それは分かる」
沙耶の隣に座る絵里ちゃんが机に突っ伏して、空気が緩まる。ペンを置いて伸びをすると、凝った体が伸びて気持ちいい。隣で真似をするように、理歩が腕を伸ばしている。
「理歩ー、助けてー」
シャーペンで差された問題を、乗り出す様に理歩が覗き込む。理歩の手が、髪を掬って耳にかけていくのを見つめる。
「えっとねー、これはXー3をかっこで前に出して」
「あー……ほんとだ」
沙耶のノートを見つめる理歩の顔は、いつのまにかいつも通りになっている。多分仲直りができたんだと思う。久々に晴れた朝に、理歩の顔も晴れやかになっていたのを覚えている。
「なるほどねー」
「うん。 なんていうか、典型例みたいなものだから覚えておくといいかも」
「おっけー、ありがとう」
ずっと気になってしまっているけれど、沙耶みたいに聞ける性格でもないし。仲直りできたのなら、きっとそれでよかったと、そう思う。
「理歩、私もこれ教えてほしい」
「うん、いいよ」
「優は進んでる?」
「ん? んー、まぁまぁかな」
沙耶が真正面から私を見つめて、そっか、と一つ頷く。それからまたシャーペンをノートに走らせていくのを見てから、自分のノートへと視線を移す。
古文。百人一首の詩の、用法をまとめたノートを見つめる。恋をする女の人の、届かない想いを嘆く詩。
「ねぇ優」
「ん?」
「これ、教えてほしいんだけど」
理歩が自分のノートを指さす。古文単語の意味を繋いで、正確な訳を隣に書いていく。理歩が納得したようにうなずき、私に笑いかける。いつもの理歩だ。
「仲直り、できたんだね」
小さな声で、私は独り言の様につぶやく。それは理歩にだけ聞こえて、理歩も小さな声で「うん」と頷く。その優し気な表情を見て、ほんの少しだけ痛む胸を、私は知らないふりをした。
「てかさー、テスト終わったらどっか遊び行こ、打ち上げしよ」
「いいね、カラオケとか」
「本当早くテスト終われー」
テスト明けのご褒美をいくつも挙げながら、ドリンクの氷が解けるまで皆で勉強をした。
そのおかげか、なんとか赤点なるものも回避できて、皆で胸を撫でおろしたのだった。
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