第9話宮崎愛花(3)
「明日からは授業が始まるから、しっかり頑張るんだぞ」
買った大量の教科書を机の下に仕舞う。毎度恒例になりつつある先生のありがたい話に頬杖をつきながら窓の外を眺める。後方窓側寄りの席っていうのは、ラッキーだよね。上級生が体育をしているのをぼんやりと眺めてみる。中学の頃よりもずいぶん自由そうというか、ただなんとなーくバレーしてますって感じがする。
「宮崎ー、聞いてるかー」
「っ、聞いてますよー」
入学式当日に正門で注意をしてきた先生は、運悪く七組の担任だったみたいですっかりと私をロックオンしている。別に今日は普通だし、窓の外を見てるくらいでわざわざ名指しで注意することないのにね。
ここ最近、蛇が地面を這うようにゆっくりと、薄暗い感情が肌にまとわりついてくるような。気にしたって仕方ないけど、嫌なものは嫌だから、せめて気分を落ち着かせるために静かに息を吐き出す。
「この後は委員会があるから担当はサボるなよ。 じゃぁ解散」
話したい事だけ存分に話して帰るって、他人への配慮が欠けすぎていると思いますけど。明らかに私見ながら言ってたのもなんだかなぁ。
私も三組だったらよかったなぁ。理歩のクラスいつも早く終わるし、理歩曰く担任はいい先生だって言ってたし。
理歩と同じクラスだったの、中学二年の時だけじゃん。
「あの」
「はい?」
「ここ、学級委員で使う教室だから」
「あー、ごめんなさい。 すぐ出ますー」
「うん、ごめんね」
「あ、ちなみに整備委員ってどこの教室か知ってますか?」
「それなら三組だよ、私のクラスだったから覚えてる」
「ありがとうございます、助かりました」
「いえいえ」
人当たりの良さそうな滑らかな笑顔に会釈をして教室を出る。三組にはいい人もいる。理歩は平和に一年過ごせそうで、それはすごくいいことだなぁなんて思う。三組の教室に入るとまだざわざわとしていて話し合いは始まっていなさそう。理歩の机ってどれなんだろうとふと考えて、やっぱり今のはなしと訂正を入れる。流石に、それはダメ、な気がする。
見渡していると、一人の男の子と目が合って会釈をされた。多分同じクラスの整備委員の人、だよね?
「ここ?」
「あ、うん、そう」
少し緊張した声色に、同じ年なんだけどなぁ。悪い意味の緊張じゃないといいなと思いながらとりあえず筆記用具を鞄から取り出す。上級生と思わしき人たちが教壇から話し始める。
基本的な委員会の内容と、担当曜日について。一年生は主に正門の掃除と校舎内の花の水やり。大事な部分だけちゃんとメモを取る。七組は金曜日担当。時間は朝か放課後か各自で決めていい。
「それでは、一年間よろしくお願いします」
三十分位の簡潔な会議が終わって、少しだけ男の子と時間を調整する。やっぱり先生の話より簡潔でわかりやすくて、大人ってどうしてあんなに話が長くなっちゃうんだろうね。
「じゃぁ、金曜日の放課後ね。もし都合悪くなったりしたら、相談する」
「うん、よろしくお願いします」
「敬語じゃなくていいのに。 こちらこそよろしくお願いしますー」
敬語を返すと、少しだけ笑みが漏れる男の子。理歩も最初敬語だったなぁなんて思い出す。
「部活とか大丈夫? 愛花は部活する予定ないけど」
「こういうのは大丈夫だって聞きました」
「そっか、じゃぁ大丈夫だね。 もし忘れてそうだったら言ってくれる? 忘れやすくて」
「あ、うん」
「ありがとう、じゃぁ、来週の金曜日からよろしくね」
最後まで会釈を返されちゃったけど、多分緊張してるだけだしいっか。やっぱりなんか、少しだけ理歩を思い出すなぁ。なんか考えてたら、理歩の顔見たくなってきちゃった。
理歩は図書委員だし、多分図書室だよね。ちょっと覗きに行ってもいいかな。人が多かったらやめればいいし。少しくらいなら、いいよね。
「えっと……図書室……」
まぁ、ついでに校内探検ということで。
***
二階の端っこに、それはあった。ドアの上に図書室と書かれたプレートが張り付けられている。中を覗くと人がちらほらと見えて、会議とかはやってなさそう。というか、もしかしたらここじゃなかったかも。先に連絡しておけばよかった。
『理歩~図書委員終わったー?』
しばらく眺めてみたけれど、既読はつかなくて。とりあえず少し中を覗いてみようかな。いなかったらまた考えよう。
受付を抜けて、並んだ本棚を眺めながら歩いていく。歴史に、海外文学、いろんなジャンルの棚があって、でも座っている生徒は大体が勉強をしていて本を読んでいる人は意外と少ない。
「あ」
奥のスペースに並んだ机に、理歩の後姿があった。周りにはそんなに人もいないし、少しくらい話すのはいいだろうと近づいていくと、彼女の前に座っていた女の子が理歩に話しかけているのが見えて立ち止まる。
お友達、かなぁ。
さすがにそこには入っていけなくて、近くにあった棚へと方向を変える。雑学、哲学、と書かれた棚にはニーチェとかハイデガーとか、昔の哲学者の名前が並んでいた。それを見つめるふりをして、横目で二人を見る。
話しかけている女の子はなんだかすごく楽しそう。それに、時折肩を揺らしている理歩も、多分、確認したら笑ってるんじゃないかな。会話までは分からないけど、楽し気な雰囲気なのは分かる。
それに、あの子、さっき教室で少し話した子だ。優しそうな笑みがまだ印象的で覚えてる。その彼女が、あの時よりも柔らかく理歩に笑いかけている。
「あー……」
絶対にいい子だよね、と思う。友達にするなら多分ああいう子がいい。
人生の幸福とは何か。目の前の哲学書が問いかけてくる。なんだろう、知らないけど。でも、見たくないものは見ない方がいいから。私はそっと図書館から離れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます