第29話理歩は私の、(3)
「ごめんね、遅くなっちゃって」
「大丈夫です」
「でも、ママとか心配しない?」
「多分まだ仕事なので」
その日知り合った理歩と帰る中で、理歩の家庭事情を少しだけ知った。両親が揃っていることが少し前まで当たり前だった私の世界は、理歩にとっては一度も知らない世界で、私はその時、自身と他者の世界の様相が、どうやら違うのだと知った。
それから、私の世界は変わっていった。なんでも楽しくて、自分が中心だと思っていた世界は、もっともっと広くて、私はその隅っこにいるだけなのだと実感していった。私を褒めてくれる言葉も、好意も、すべてには理由があるのだと知った。
その中で、理歩だけが味方だった。何も言わず、眉を顰めることもなく、彼女はいつだって私を受け入れてくれた。そして彼女も、少しずつ私に心を開いてくれた。
父親の顔を見たことがないこと、母親は自分の為に一生懸命頑張ってくれていること、それでも、時折一人で寂しくて堪らないこと。
寂しさという点で、私たちはきっと似ていた。誰かに寄りかかることの幸せを一緒に共有した。一人部屋にいる時間を、二人で過ごすようになった。1LDKのアパートの一室で、彼女と時間を共有して。肩に触れる理歩の体温や、たまにうとうとしている理歩の横顔や、爪の形、そういう一つ一つがやけに頭に張り付くようになった。
そうして、私は夢を見るようになった。
理歩の指に自身の指を絡めて、ゆっくりと近づいていく。彼女の体温が私と混ざってしまうまで近づいて、彼女の体を肩から腰へと手で撫でていく。その柔らかさと、温度を感じて、彼女の体がわずかに跳ねて。
一度だって見たことのない表情の理歩に、ゆっくりと顔を近づける。その薄く柔らかそうな唇に、自身のそれを触れ合わせていく。
一度ではなかった。思春期だとか、気の迷いだとか、そんな言葉たちで説き伏せたって、その重く広がる感情は消えてはくれなかった。隣でうたた寝をする彼女の頬に、息は当たってしまうまで近づいてしまうことだって。
彼女の純粋な瞳や声で、時折罪悪感のような胸の痛みが走るようになった頃、この感情を恋だと呼ぶことに、否定はしなくなっていた。それは肯定というよりは、諦めのようなものだったけれど。
理歩は私の、好きな人。
理歩の隣に入れることが嬉しい。私の隣が理歩であることが嬉しい。もっと、深くまで一緒になってしまいたい。周り全部が見えなくなるくらい。
心の中で我儘な私がそうささやく。けれどそれは、理歩を縛ることになって、理歩の世界すらも真っ暗にしてしまうことで。私という存在がママを縛ってしまったことと同じで。
近づきすぎちゃいけない。けれど、近づきたい。そんな思いがいつだって混在していて、それはもう、今にも溢れそうになっていた。
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