第34話知らないまま(1)
チャイムの音と共に、先生の制止の合図。シャーペンを置いて、解答用紙を眺めながら息を吐く。回ってきた用紙に自分のそれを重ねて、前に渡す。号令を終えると、長かったテストからの解放となった。
ざわめきたつ教室に、それに紛れるように息を吐く。最後の最後に、結構難しかったきがする。赤点はないとは思うけれど、それほどの手ごたえもない。とはいえ、ひとまず今は、テストを無事に乗り越えたことを喜ぶことにしよう。
ようやく、本も読めるし。
少しだけ優や絵里たちと話して、図書室のカギを借りに行く。昨日はテスト勉強で夜更かししたけど、本を読みたい欲の方が強い。愛花とも、少し久々に帰れるし。
職員室で鍵を借りて、図書室に向かう。図書室入り口のカギを開けて中に入ると、紙の匂いと、蒸し暑く耐えがたい熱気。
入り口に開放中のプレートをかけ、一つ一つ窓を開けていく。冷房をいれて空気を入れ替えてから、また窓を閉めて、ようやく受付に座って本を取り出す。扉から、もう一人の図書委員が顔を出す。
テストが終わって人が減った図書室には受験生がいるだけで、誰も本を借りることはなく数時間があっという間に読書で溶けていく。ゆっくりと西日が差し込み始め、もうそろそろ図書室を閉める頃、一人の足音が図書室に近づいてくる。本から視線を上げて、受付の隣にある入り口を見る。
ふわりと揺れる亜麻色の髪。図書室に入って、くるりと回って私を見る茶色の瞳。少しだけ頬を緩めて、そのまま奥の席へと歩いていく後姿を見つめる。
図書室での当番がある日は一緒に帰ろうと約束して以来、愛花は約束を守ってくれている。必ずこうやって図書室に来て、私をここで待ってくれる。この日だけは、彼女は私を優先してくれる。
時計の針が十九時を指す頃、冷房を切って窓を閉めていく。荷物を鞄にまとめて出ていく上級生を見送ってから、図書室のカギを閉める。
「今日は開けてくれたから、鍵は俺が返しておくよ」
「あ、はい、ありがとうございます」
「ありがとう、じゃぁ行こ、理歩」
「うん」
その子がカギを握りしめたまま、愛花のことを見つめている。愛花は可愛いよね。その視線を愛花は当たり前のように受け入れて、そしてなんでもないように踵を返す。私はそれに、少しだけ安堵する。
溜まった分の話題は尽きることはない。クラスでのこと、テストでのこと、愛花に言いたいことがたくさんある。私の言葉一つ一つに耳を傾けて、時折おかしそうに笑う愛花を見ていると嬉しい。愛花の声が私の鼓膜を揺らすのも、隣で愛花の髪が揺れるのも。
それと同時に、知りたいこともたくさんある。愛花のクラスでの話も、テストの話も、それから。
夏の風が生ぬるく吹いて、べったりと湿度を孕む空気が私の喉に張り付く。
「愛花は、夏休み、何か予定ある?」
「んー? 愛花はバイトばっかりかなぁ」
「え、バイト?」
「うん、夏休みから始めるんだー」
「そう、なんだ……」
「……理歩の家からは少し遠いけど、無題ってカフェあるの知ってる? 愛花の家から結構近くて、よかったら遊びに来てー」
「いいの?」
「サービスとかはできないけどね?」
「全然。 あ、のね」
「ん?」
あの男の子とは、出かけるの。
頭に何度も響くその言葉が、喉奥に詰まって出てこない。肯定の言葉を聞くのが怖い。付き合ってるのだと、また簡単に言われてしまったら、そう思うと、怖くて聞けない。
「……なんだっけ」
「えー、理歩帰ったらちゃんと寝なきゃだめだよ?」
「あはは、そうかも」
ホームのアナウンスが響いて、回送の電車が通り過ぎる。生ぬるい風が、私の頬を撫でた。
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