第26話あなたの隣(4)


 お昼休みを挟んですぐに、三組との試合が始まった。決勝戦ということもあって、周りにはそれなりに応援に来ている人たちがいる。バレーコートに六人が整列して、挨拶をする。その中に、理歩はもちろんいない。


 コートを挟んで向こう側には、三組の生徒が応援のために集まっていて、そこに理歩と、そして理歩が優と呼んでいた女の子がいた。


「愛花ちゃん」

「……雄一郎君」

「ここにおったんかい、探しちゃった」

「えーと、ごめんね色々」

「んー、また一緒に帰ってくれるなら許すよ? まぁ卓球は負けたけど、それは許してね」


 そう言って彼はなんでもないようにいつもの笑みを浮かべる。色素の薄い瞳が、優しく細まる。その優しさに、それくらいならしてもいいだろうと思う。ありがとう、そう言うと、彼はまたなんでもないように笑う。


「んじゃ、頑張って応援しますか」

「うん、そうだね」


 ホイッスルが鳴って、試合が始まる。

 白熱した試合の中で、理歩は熱心にボールの行方を追い、そして時折優という子と話しながら楽しげに笑っている。私の見張りという役目は、意味を成さないみたい。私のことすら忘れているみたいに彼女は笑っていて、それを見ていると心臓が悲鳴をあげるようだった。それはまるで、理歩の隣はもう私ではないのだと、実感するようだったから。


「いい調子じゃんバレー、これマジで優勝するんじゃない?」

「そうだね」


 色んな声がする。女の子の声、男の子の声、頑張れって叫ぶ、名前を呼ぶ、サーブを褒める、いろんな声。アタックが決まって、理歩とその女の子が楽しげに微笑みあう。


 いつかそんな日がくるんだって思っていた。だから、いつか理歩が離れていく前に、いつだって離れられる様にしていたのに。私がいくら呼び止めても、出て行ってしまったママのようにならないように。あんなに苦しい思いをしないように。なのに、どうしてこんなに苦しくなっちゃうかなぁ。


「愛花ちゃん、どっかで休も」

「……え?」


 突然、手首を引かれる。重心がずれて、数歩よろける。顔を上げると、腕を引く彼は、いつものような笑みではなく、初めて見るような真剣な表情をしている。


「顔真っ青だよ? こっち」


 誰にでも人気な男の子は、もしかしたらすごく視野が広いのかもしれない、今更私は彼のそんなところを知る。ゆっくりと、彼の力に従って歩き出す。声援の波から抜けて、彼の背中を見つめながら歩く。

 だって、私はそれしかしらないから。


 嫌なものから逃げてばかりで、見たくないものを見ないばかりで。

 そうなるようにしてるのは、いつだって私自身なのに。


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