第14話交差(2)


 静かな図書室の空気に、少しの時間古文をノートに書き写してはペンを机に置く。静かに流れる時間の隙間に、受付に座る理歩を盗み見る。受付で本でも読んでいるのか、前髪が目に影を落として印象的な表情。集中すると、あんな表情になるんだなぁなんて思う。

 席が近ければ、授業中にもあの表情を見れるのかもしれない。


 どうして一緒に帰ろうだなんて誘ったのかなんて、自分にだって上手な説明は思いつかない。理歩に対して、私はいつだって無鉄砲で、無計画で、無秩序で。それは円滑に物事を進めることとは正反対で、出来ることなら避けるべきはずのことなのに。

 あの子とどれくらい仲がいいのかも、それと同じくらい私は仲良くなれのかも。考え出したら止まらなくてただ一つ分かるのは、私の脳内すべてを覆いつくすような曇天は、きっと理歩じゃなきゃ晴らせないから。


 それは理歩といる時間だとも思うし、理歩からもらえる言葉や表情だとも思う。もっと、理歩といたい。理歩のことを知りたい。そう思うと、私は私を超えてしまう。平均でいるべき場所を、飛び越えてしまう。

 理歩という存在は、私をそういう風にしてしまう。


***


 今日は理歩が図書委員の当番の日。いつもより帰りが遅くて、いつもより人目がない放課後は、理歩と一緒に帰ることができる数少ない日。


(そう、思ってたんだけどなぁ……)


 理歩からの連絡には、今日は友達と帰ることと、ごめんと書かれたスタンプが送られている。別に約束している訳じゃないし、わざわざこうして連絡をくれるだけ優しいのだと、頭ではわかってるんだけどね。やっぱり私は我儘だから、自分からは離れるくせに、理歩が離れていくのを寂しいと思ってしまう。


『今日は用事があったから大丈夫~』

『委員頑張ってね』


 そう送り返して、自分のそんな感情と一緒にポケットにスマホを押し込める。空いてしまった空白の時間を紛らわすものを考える。その友達は、またあの子なのかな、そんなことを考えてしまう余白を、なくすための暇つぶしを。

 バイトでも始めてしまおうか。お金もたまるし、時間もつぶれるし、家に帰る時間も遅くて済む。そうだ、そうしてしまおう。放課後に一緒に帰れない正当な理由だってできて、罪悪感を募らせなくたって済む。


 カフェ、雑貨屋、後はレンタルショップなんかもいいかもしれない。


「あれ、まだ帰んないの?」

「んー? 今から帰るよー?」

「えー、じゃあ一緒に帰ろっかな」

「部活サボり?」

「サッカー部きつくてさぁ」


 カッターシャツを脱いで、Tシャツとズボンだけのラフな格好。このクラスで一番しゃべってるかもしれない人。入学式に連絡先を聞いてきた、背が高くて、目にかかるほどの前髪で、クラスの女子には優しい人気な人。


「一緒帰ってくれるならサボっちゃおうかな」

「バレたら怒られそう~。 あの先生、すっごく怖いでしょ」

「やばいよ、ビンタ飛んでくるかも」


 そう言って笑うから、つられて一緒に笑う。そこまでして一緒に帰る理由はわからないけど、一人で帰るよりはマシだと思ってしまう。一緒に教室を出ると、クラスの女の子数人から視線を感じた。

 あーあ、もう全部嫌になっちゃうなぁ。


「もしビンタされても、愛花知らないからね~」

「えー、慰めてよ」

「自業自得」

「ははは」


 屈託なくよく笑う人だと思う。誰に対しても壁はなくて、茶目っ気があって、どうすれば人気が出るのか、本能的に分かっている人。なんて、この人のことなんて知らないけど。

 いつもの階段、ここを二階まで降りて突き当りまで廊下を歩けば、図書室がある。立ち止まって、向こうに見える図書室のドアを見つめる。もし今すぐ、そのドアから理歩が出てきたら、やっぱり一緒に帰ろって言えるのかな。


「どうした? 忘れもん?」

「んーん、なんでもないよ」

「あれ知ってる? 駅近くに美味しいパン屋あるんだって」

「駅に併設されてるのじゃなくて?」

「それとは別にさ、あるらしいんだよね。 気にならない?」


 パン屋さんで働くのも、なんだか少し楽しそうかもしれない。気になると言えば行くことになるんだろうけど、なんだかもう、そうやって深く考えながら会話するのも面倒くさくなっちゃった。


「クロワッサンあるかなぁ」

「ははは、愛花ちゃんクロワッサン好き?」

「うん、だって甘くておいしいし」

「じゃぁ、決まり」


 今はもう、ながれるままでいい。




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