二章:心と体
第23話あなたの隣(1)
浮ついた空気の中に、沈むため息。黒板にはピンクや黄色のチョークで、七組絶対優勝と書かれている。その隣には変な生き物や何故かハートマーク。
熱い教師に、熱い生徒、どこまでもついていない。
更衣室で体操着に着替えて、ジャージを羽織る。蒸し暑くなってきた六月は、それでもじっとしていると半袖じゃ寒い。卓球で適当にそれなりにできればそれでいいよね。汗をかくのは昔から嫌い。
「時間まで練習しよー」
クラスの女の子たちが騒がしく教室を出ていく。
理歩はバレーになったって言ってたっけ。講堂で行われる卓球だと見に行く機会がないけど、ふらっと見にいくくらいなら大丈夫かな。理歩は昔から運動はあまり得意じゃないから、ケガとかしなければいいんだけど。
「おはよ、愛花ちゃん」
「おはよー」
席替えで隣の席になった彼は、毎日の様に話しかけてくる。机に頬杖をついて、楽し気に見つめてくる視線にももう慣れてしまった。
念のために、髪を一つに括る。少しずつ髪を持ち上げて、高い位置でシュシュで纏めていく。
「やばー、色気」
「えー、何それ」
視線と言葉、存外素直な部分は、逆に好ましいと思う。
自信ありげな駆け引きは、苦手だけど。
「雄一郎、バスケ行こ」
「えー、朝っぱらから?」
「お前、雄一郎が愛花ちゃんとイチャイチャしてるのが許せないだけだろ」
男子二人が、楽し気に彼に話しかける。一年中元気そうな明朗な声の人と、マッシュな髪型で、涙黒子のある人。
「愛花ちゃんも来ない? じゃなきゃ雄一郎動かなさそうだし」
「愛花はぎりぎりまで教室かなぁ」
「じゃぁ俺も」
「行ってあげればいいのに」
「愛花ちゃんがバスケ応援来てくれるなら、今から気合入れて練習するけど」
他人がいても言動が変わらないのは、それだけ自分に自信があるってことなのかな。良いとか、悪いとかの話じゃなくて。
「愛花はすぐ負けるだろうし、応援なら行くよ?」
「え、じゃぁ俺も頑張ろ」
「おい、バスケ部が頑張るな」
涙黒子って細まる目尻に似合うなぁ、なんてことを思う。三人は目指せ優勝、なんて冗談半分に笑いながら教室を出ていく。最後に、ひらひらと大きな手のひらがこちらに振られて、ひらひらと返した。
「朝から何あれ」
遠くから、そんな言葉が聞こえてくる。
何時に運動場集合だったっけ。やっぱり体育館ついていけばよかったかな。目を瞑って、他のことを考えるように努める。それでも、小声で何かをささやきあう音が聞こえてきてしまう。
思わず立ち上がる。思いのほか響いた椅子の音に、その女の子たちがこちらを見る。裏で何かを言われることには慣れているけれど、嫌いなものは嫌いだった。教室を出ると、そこにも充満する騒がしく、いつもより浮ついた空気に、また一つ重たい息を吐き出した。
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