第40話溢れる(5)


 唇に触れた理歩の指先の柔らかさに、そっと指で唇をなぞる。心臓がドクドクと拍動しているのがはっきりと聞こえてくる。口を開けばそのまま心臓が飛び出してしまいそうなほどに、心臓が胸を叩いている。


「理歩はさ、好きな人いる?」


 私の言葉に、理歩の肩が少し跳ねる。驚いた顔に、私だって突然何をいっているんだろうと、どこか遠くの理性が思う。理歩の瞳が左に逸れて、首がわずかに傾く。逸らした瞳は、何を見ているのかな。誰かを、思い描いているのだろうか。


「……優は?」


 逸れた視線が、再び私を見つめる。こういう話題は苦手なのか、少しだけ照れているような気がする。けれど興味はある、そんな表情が街灯に照らされている。

 好きな人が理歩だって言ったら、どうするのかな。


「いるよ」

「そ、そうなんだ……」

「理歩は?」

「え、っと……なんだろう、そういう目線であんまり考えた事、なかったかも」


 伏せた瞼に、首元を恥ずかしそうに撫でる仕草。なにか隠そうとする素振りには特に見えないけれど、本当のところなんてわかりようもない。理歩は、彼女への感情を、好きだとは気づいていないのか、それとも私の勘違いなのか。


 計りかねる距離は、踏み込まない方がいい。適切な距離を保つことは、コミュニケーションに置いて必須の項目。わかっているはずなのにな。


 飛び出してしまいそうなほどに暴れる心臓。喉の奥がきゅっと閉まって、喉がひどく乾いて、ぎゅっと硬く拳を握る。私の普通が、次々に塗り替えられていく。

 

「ねぇ理歩」


 理歩の肩が私の肩に触れる度に、ドキドキして触れた肩が熱くなるんだよ。理歩が指先を触れさせるだけで、気持ちがあふれ出して頭が真っ白になるんだよ。理歩の瞳が私だけを映すと、それだけで苦しいくらいに嬉しくなったりするんだよ。分からない距離を、それでも踏み越えたいって思うんだよ。


「私ね、理歩のこと好きだよ」


 私の普通が吹き飛んでしまうくらい好き。理歩が好きって、それが私の中心になっちゃうくらいに好き。


「肩が触れるとドキドキするし、あの子に笑ってるとモヤモヤするし、なのに私に笑ってくれるとさ、めちゃくちゃ嬉しいんだよね。そのたびに、あぁ私、理歩が好きなんだって、思う」

「……優が、私を?」

「突然ごめんね……でもなんか、もう我慢とか無理だなって、観念した」


 力なく笑って、脱力するように肩を落とす。まるで罪をすべて白状した罪人のような、妙なすっきり感。別に罪ではないんだけど、すっきりしたような気持なのは確かだった。


「理歩にね、私の隣で笑ってほしい。 楽しいとか嬉しいとか、なんて言うんだろ、ずっと幸せだなーって、思っててほしい」


 溢れ出した気持ちが言葉になって零れていく。独り言の様に紡ぎながら、その言葉に自分で同意する。それくらい、私の素直な気持ち。


「それでね、理歩にもやっぱり、同じ気持ちになってくれたら嬉しいの」

「あ」


 見つめる瞳が、まん丸に見開かれる。実感のなかった私の言葉が、ようやく理歩の中に伝わったのかもしれない。伝わってたらいいな、と思う。


 最初からいい返事なんてもちろん期待していない。どちらかといえば理歩はあの子が好きなのかなって思っていたくらいだし。あふれ出した気持ちを抑えきれなかっただけだから。

 でも、これをきっかけに理歩が考えてくれたら嬉しい。私の気持ちを受け取って、いつか、私が伝えたように、同じ気持ちになってくれたら、それは、何よりも幸せなことだと思う。

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