第21話弾む理由(3)


「結局理歩と沙耶はバレーか」

「理歩頑張ろうね」

「バスケは本当に出来ないから、よかった」


 理歩は安心したように息を吐く。元々運動は得意ではないうえに、接触もあるややハードなバスケは苦手らしい。人間が突っ込んでくると逃げてしまうという理歩は、ますます最初の印象とは離れていく。


「でもバレーになったからには、特訓だからね」

「え」


 沙耶が満面の笑みを理歩に向けると、理歩は箸でつかんでいた卵焼きを落とす。私も中学の頃に同じ経験をしたことがあるけれど、沙耶は容赦がない。これで教えるのがめちゃくちゃ上手いので、クレームをいれ辛いのが更に難点。


「頑張れー」

「お、お手柔らかにお願いします」

「優と絵里も一緒にやる?」

「楽しそう」

「絵里ちゃん、私たちはバスケだよ」


 とは言うものの体育館はいつだって上級生が占拠していて、お昼休みに練習ができる訳でもないし。応募枠が少ない位には、バスケチームは燃えていない。つまり練習を付き合う時間はある。

 理歩が不安げに私を見つめてくる姿は、草食動物のようなか弱さがある。私より大きいのに、今の理歩はきゅっと縮こまっていて小さい。


「まぁ、お昼休み位ならいいけど」

「優」


 花が咲くように表情をほころばせる理歩に、私の心臓はあっけなく弾む。こんな顔をされるのであれば、私は百本レシーブ位なら耐えてしまえるかもしれない。

 どんどんと素の理歩が見えていく。きりっと涼し気な印象とは正反対な、かわいらしい一面を知っていって、私は更に理歩に意識を奪われている。


 けれど、私の意志とは関係なく、理歩には特別な人がいる。


「じゃぁさっそく今日からやりますか」

「え、今から?」

「善は急げって言うから」

「善じゃない」


 沙耶は最後の一口を大きな口に放り込む。もごもごと何かを言っているけれど、何を言っているのかは伝わらないし、理歩は素直に慌ててお弁当を食べている。昼休みが終わるまで後三十分。私と絵里ちゃんは顔を見合わせて、まぁ仕方ないと今回は諦めるのだった。


***


 クラスマッチ当日、朝いちばんに体操着に着替えて運動場に集合する。トーナメント表は各場所に張り付けられていて、試合と審判のない空き時間は自由という、なんとも緩やかなルールだ。


 まず最初にあったバレーを見に行く。特訓の成果もあって、理歩も結構活躍していた。初戦はなんなく勝ち上がって、それを見届けて体育館へと移動する。

 

「七組のバスケチームさ、バスケ部が二人もいるって」

「えー……」

「私らのクラスマッチはこれで終わりだね」

「まだ午前中なんだけど」


 そんな会話をしながら体育館に入ると、かなり盛り上がっている。前の試合で男子がかなり熱い試合をしているらしい。


「そういえば、彼の応援とかなかったの」

「準決勝位までいけるって言ってたから、その時かなぁって」

「そういうもの?」

「先輩の全試合を熱心に応援してる後輩マネージャー、なんて目を付けられちゃうからさ」

「また新情報」


 先輩って、本当に凄いね。後本当に世渡りも上手。


「やっぱり男バスは迫力あってすごいねぇ」

「それだけでかっこよく見えるよね」


 同じクラスのバスケ部メンバーが隅っこに集まっていて、そこに合流する。前の試合中に軽くポジションの話し合いとストレッチ。ホイッスルが響いて、前の試合が終わる。試合を終えた一人が、汗をタオルで拭きながらこっちに近づいてくる。


「今から試合だっけ」


 さわやかな笑顔が絵里ちゃんに向けられる。絵里ちゃんはなんでもないように普通に返しているけれど、もしかしてこの人がそうなのかな。


 すらりとしたスタイルに、けれどふくらはぎや腕には確かに筋肉がついている。すっきりとカットされた短めのヘアスタイルに、前髪は分け目をセットされていて爽やかな印象をもつ。派手じゃなく、けれど清潔さがあるような。


 二、三言だけ話して、その人は離れていく。私はさっそく絵里ちゃんに顔を近づけて真相を確認すると、肯定の言葉が返ってきた。あの人が噂の、絵里ちゃんがぐいぐいいった先輩。


「かっこいいね」

「まぁね」


 そう言って笑う絵里ちゃんは、なんだかいつも以上に嬉しそうに見えて。やっぱりそういう特別な関係は、人の表情すらも変えてしまうのだなと思う。


「次の試合のチームは集合してくさーい」


 審判からの合図に、コート内に整列する。上のスペースには、ちらほらと人がいる。知らない体操着の人々の中に、沙耶と理歩がいた。目が合って、沙耶がこちらを手を振る。その後に、理歩も小さく手を振ってくれた。


 もし、ぐいぐい私がいったら、理歩はどうなるんだろう。私に、あの表情を向けてくれるように、なるのだろうか。


 そんな考えは、ホイッスルの音で頭の中に霧散した。

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