第32話頑張ってみようかな(3)


 第二回勉強会開催日時、そう仰々しく書かれたタイトルの下の、日時と場所を確認する。そこには今日の日付と、後十分後の時刻と、そして私の家の住所が書かれている。そう、今日は私の家でこの後勉強会が開かれる。


 完璧に掃除された部屋をもう一度見渡す。服の脱ぎ捨ても、ごみ箱に溢れそうなゴミも、床に落ちる髪の毛一つさへ、徹底的に駆逐したはず。ラグの上を睨みつけて確認していると、インターホンが鳴った。


「お母さん、私が出るから」


 全力で階段を下りリビングでテレビを見ているお母さんにそう言いながら玄関へ走る。鍵をすべて解除して玄関のドアを開くと、そこには理歩と絵里ちゃんがいた。


「い、いらっしゃい」


 シンプルな黒のワイシャツにひざ丈のハイウェストスカート、シンプルなそれは、理歩の良さを引き立たせている。顔が綺麗な子には、シンプルがめちゃくちゃに似合う。絵里ちゃんは対照的に花柄の涼し気な淡い黄色のワンピース。こちらも可憐な雰囲気と合っていて、ひたすら眩しい。


「お邪魔します」


 玄関をくぐり、一緒に階段を上る。自分でもおかしいと思うけど、驚くほどに緊張している。体力測定で五十メートルを走った時と同じくらい、ドキドキ言ってる。自分の部屋のドアを開けて、二人を通す。部屋を見渡す理歩をみていると走り出したい気持ちになって、飲み物を取ってくると宣言して逃げ出した。


 グラスに麦茶を注いで、おやつを適当にお皿に乗せていく。肋骨を叩きながら騒ぐ心臓に、若干手が震えていて自分でもやばいと思う。でも、自分の家に好きな人が来るの、初めてだし。


「す……」


 好きな人、という響きに思わず変な声を出しそうになった。とりあえず準備を整えて、もう一度深呼吸をして、お盆を持つ手が震えないよう集中しながら運ぶ。


 自室のドアを開けると、そこにはやっぱり理歩がいる。用意した座布団に正座する理歩の、膝がスカートから覗いていて堪らず視線を逸らす。これじゃもう立派な思春期みたいじゃん。


「あ、これママからだって、勉強中にみんなで食べよ」

「これ、私からも」

「ありがとうわざわざ。 休憩タイムに取っておこう」


 絵里ちゃんと理歩から受け取ったお菓子を一先ず端に避けて、テーブルに教科書やノートを広げていく。ちゃっかりと理歩の隣に座った私は、思春期の自分と闘いながら勉強を進めていく。順調かどうかは定かではない。


 そうして少し経って、二度目のインターホン。玄関で出迎えると、遅刻したことをニコニコと謝ってくる沙耶がいた。まぁ別に勉強だけだしいいけれど。我が物顔で階段を上っていく後姿を見送って、沙耶の分の麦茶も用意して部屋に戻る。沙耶は私の場所に座って、私の麦茶を飲んでいた。


「おい、あっちいけ」

「え、こわ」


 沙耶の肩を膝で押す。しぶしぶ立ち上がった沙耶は絵里ちゃんの隣に移動して、私は元の場所に座る。飲まれた麦茶を沙耶の方に移動させて、新しいものを自分の場所に置く。絵里ちゃんは何が面白いのか、その一連の様子を見ながら一人楽しそうに笑っている。


「んん」


 わざとらしく咳ばらいをして、何でもない風を装って勉強を再開する。沙耶はようやく自分の教科書を開き始めた。隣の理歩の気配に、理歩がシャーペンを走らせる音、次第に崩れていく正座。そんな一つ一つを感じながら、絵里ちゃんが頭の中でお腹を抱えて笑いながら、気持ち悪いよ、と私に言った。

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