第44話ついてない


 家に帰る気にはなれなかった。パパが私に向ける視線が、諦めや軽蔑や憎しみや、とにかく色んな見たくない感情を詰め合わせたような黒色をしていたから。別に遊んでるわけじゃないし、少しだけ寄りかかっているかもしれないけれど、付き合うつもりなんてないって予め言っているし、パパが思い描くような、そんな関係じゃないのに。


 最悪。


 もう絶対に、今日は家になんか帰らない。ネカフェでもカラオケでもどこでも、一日くらいなら何とでもなる。そう思って、とにかく家とは逆の方に歩き出した。胸の中に渦巻くいら立ちに任せて歩いて、たくさん歩いて。疲れ切って結局いつもの公園に戻ってきた。

 サッカーをしていた少年たちは、当たり前だけどもういない。明かりも少ない暗い公園のベンチに座る。蝉だけがいつも通り鳴いている。


 なんで、こんな思いばっかりしなきゃいけないんだろう。そんなに憎いなら、そんなママのことなんか忘れて、新しい人でも作ってくれたらいっそいいのに。そんなことを考えていると、鼻の奥がツンとして、思わず上を見上げる。もう、本当に最悪。


 そんなことを思っていた時だった。


 理歩の声に、振りかえれば、理歩の姿。


 それだけで、心の中に溜まった真っ黒な感情が少しだけ無くなってくれた。なんでだろう、苦しくて辛い時には、なぜだか隣にいてくれる。中学の図書室での出来事でもそう、不思議な力でも働いているのかもしれない。なんて思ってしまうくらいには、理歩はタイミングがいい。

 辛い時に私の隣にいてくれて、私の心を、軽くしてくれる。


 なんて、今日一日のネガティブな気分の半分は、理歩がお祭りに行っちゃったことだったのにな。惚れた方が負け、って言葉は、そういうことなのかもしれない。

 少しだけ落ち着くと、途端にお腹が減ってきて。私の我儘にも、理歩は笑って付き合ってくれて。

 だから、気づくのが少し遅れちゃった。


 少しだけ震える声に、泳ぐ視線。何かを隠すかのように、私の視線から逃げている。まるで、祭りでのことを触れられたくないみたいに。


「その優って子となにかあった?」

「え?」


 理歩って嘘が下手だな、と思う。上ずった声に、立ち止った足取り。なにかあったに対する答えが体から溢れている。保健室での出来事の詳細は知らないけれど、優という子の、理歩への気持ちはなんとなく知っている。

 考え出せばどんどん思考は進む。今日は、人生で一番最悪な日かもね。思わず笑っちゃいそうになるくらい。


「まぁ、愛花には関係ないかー」


 ショックもこれだけ重なれば、心は逆に麻痺をするのかも。この期に及んで、結構いい笑顔を作れた気がするし。踵を返してまた歩き始める。一人分だけの足音に、振りかえると理歩が立ち止まったまま。


「理歩?」

「……ううん」


 歩き出した理歩に、私も足を進める。これから、どうしようかな。家にも帰りたくなかったけど、なんだか全部がどうでもいいような気もする。本当に、とことん、ついてない。


「夜の散歩終わり、理歩の家まで送るね」

「え、いいよ、もう結構遅い時間だし」

「愛花がそうしたいだけだから……いいでしょ?」

「っ」


 理歩の顔が私を見つめて、あれ、と思う。

 理歩の表情が、なぜだか泣き出しそうに見えた。

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