第55話中途半端だね(5)
放課後の教室は窓の向こうから聞こえる部活の掛け声と、授業もないのに規則正しく一時間ごとになるチャイムが包む場所だったのに。
文化祭を一週間後に控えると、放課後の教室にはほとんどの生徒が残っていた。机を後ろに下げて、空いたスペースで看板やらメニュー表やらを制作している。今日は理歩が図書委員で、バイトはいれていなかった。
教壇辺りで盛り上がっている試着会を横目に、もう一人の整備委員が黙々とやっている教室の飾りつけ制作の方へ向かう。近くで机の上にひっくり返されて置かれている椅子を取って、その子の隣に座る。
「これ、輪っか作ってくの?」
「え、あ……うん」
折り紙が長細く切られたものを手に取って、端をテープノリでくっつけていく。教室の四面に飾るには、まだまだ長さが足りない。
「宮崎さんは、自分の仕事大丈夫なの?」
「んー、愛花に振られてる仕事、ないんだよねぇ」
「そうなんだ」
「バイト結構入れちゃってたから」
本当の理由なんて、知らないけれど。どっちにしたってバイトで碌に手伝えなかっただろうから、結果いいのだと思う。カラフルな輪っかが、両端から伸びていく。折り紙が少なくなると、彼が必ず折り紙を切って補充してくれた。
「愛花ちゃん頑張ってる?」
「んー……教室の一面分くらいは出来たかな?」
そう言って隣の彼に確認すると、彼は自信なさげに多分、と答える。その声をかき消してしまうくらいの声で、雄一郎君は無邪気に笑う。さっきまでエプロンや白衣の試着をしていたけれど、もう終わったのかな。終わってないのにこっちに来たのだとしたら、少し困ってしまう。なんて、すごく身勝手なのは分かっているけれど。
「俺も手伝うかー」
「試着は終わったの?」
「なんか一生終わんなそうだから逃げてきた」
皮肉にも聞こえる言葉に、適当に相槌を打つ。隣では彼が黙々と作業を続けている。
「じゃぁはい、これ雄一郎君のノルマね」
「え、なんか多くない?」
机にあった分を全部あげて、折り紙を鋏で切っていく。備品なのか、少し切れ味が悪くて、刃の根本の方で切り進めていく。切れた分を私と彼の間に置いて、また輪っかをつなげていく。いつもは広く感じる教室で、ぼうっと外を眺めたりしながら帰宅時間を待つのが楽しいのに。今はすごく窮屈で、心がとげを増やして、それが自身の体に刺さっているようないら立ちを感じる。
「雄一郎ーこれも着てみて」
「えー……」
女の子の声が雄一郎君を呼ぶ。振り返らないけれど、その声が誰のなのかはぼんやりと分かる。私なんかより、あの子にしたらいいのに。可愛いし、オシャレだし、少し怖いけど。
「はぁ……」
「いってらっしゃい」
椅子はそのままに、彼はまた中心の中に戻っていく。隣の彼が、小さく息を吐き出すのが聞こえた。タイプも全く違うし、いきなり来られたら緊張するよね。愛花にだって、ようやく最近敬語がなくなってきた位だし。
「そう言えば、正門の花咲いてたねー」
「枯らさずに咲かせられたの初めてかも」
「えー、毎日ちゃんとお水あげそうなのに」
「全然……夏休みに持って帰ってきた朝顔、一週間位で枯らしたよ」
真面目な顔で、作業のペースは落とさないままにそんな面白いことを言うから思わず笑ってしまう。見た目と中身が同じなんて、実はそんなに多くないよね。愛花の笑い声に、さっきまで少し硬かった表情が和らぐ。やっぱりなんだか、理歩に似ているなぁ。
放課後に入って二度目のチャイムが鳴る。三回目のチャイムが最終下校時間だから、あと一時間。いつもなら、そろそろ図書室に向かう時間だった。
「ごめんね、そろそろ予定があって」
「ううん、むしろ手伝ってくれてありがとう」
「間に合いそうに無かったら放課後ちょっとなら手伝えるから言ってね」
「……うん」
自分の分と置きっぱなしにされた椅子を元の場所に戻す。自身の鞄を肩にかけて、盛り上がる教壇を尻目に後ろ側のドアからこっそりと教室を出た。
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