第37話溢れる(2)
電車を降りて、東口の改札口。青い看板のコンビニエンスストアの隣に立って、時間を確認する。十七時二十二分、ついでにスマホのカメラモードを鏡代わりにして、前髪を整える。セットした髪が崩れていないことを確認していると、理歩からの連絡でスマホが振動する。
『もうすぐ着くから』
簡潔な文面に、スタンプを送り返す。
今日は待ちに待った、理歩と二人でお祭りに行く日。今日の為に美容院に行ったし、新しい服も買ってしまった。汗で落ちないようばっちりメイクだってしたし、とにかく、自分でもびっくりするぐらい気合が入っている。
今日のことを考える度、準備したいことがたくさんあった。それくらいに、今日は特別。
改札から人がたくさん出てくる。その中には浴衣や甚平の人も結構いて、理歩の浴衣を見たかったな、と少し心残りに思う。浴衣を着ようか相談したけれど、そういうのはあまり馴染みがないと断られてしまった。
改札の向こうに、理歩が見えた。視界に彼女をとらえた瞬間に、スイッチが入ったように心が躍る。一歩だけ進んだ足を、さらに改札の方へと向かわせる。定期で改札を抜けた理歩がこちらを見て、目が合う。
そうか、今日は彼女の視線は、ずっと私だけなんだ。
「理歩」
「優、ごめんお待たせ」
「ううん、全然」
歩くのも苦じゃない程度のヒールを履いてきたから、視線がいつもより近い。まっすぐ見つめた先、高い位置にまとめた髪はふわふわに巻かれていて、目尻にひかれたアイシャドウに、彼女も今日の為に準備してきてくれたのだと知って嬉しくなる。
「今日、めっちゃ可愛いね」
「えぇ? 優も……ワンピース、いいと思うよ?」
なんだろう、くすぐったいって言うのかな、こういうの。思わず耳たぶを摘まむ。こらえ切れなかった頬がだらしなく緩んで、恥ずかしさと嬉しさが混ざり合う。
「ほら、行こ」
彼女の少しだけ染まった頬は、彼女も私と同じようなくすぐったさに心を揺らしてくれているからなのだろうか。先に歩き出した彼女の隣に並ぶ。同じ高さからみる彼女の横顔、揺れる髪が一筋、理歩の首に張り付いている。それら全部が、太陽のような熱さで私を焼いていく。
「人、多くなってきたね」
「意外と大きいのかな」
浴衣の人たちについていけば、迷子になることもなく出店が並んでいる場所へと来れた。いつもは普通の道路に、色んな出店が並んでいる。キラキラとカラフルな装飾、賑やかな人の声、どこかから聞こえてくる和風な音楽。
「思ってた以上の規模かも」
「はぐれないように気を付けなきゃだね」
「うん」
そう言って、理歩が数センチ私に近づく。肩が触れそうな距離、隣を見れば、彼女の綺麗な顔があって、ピンク色の唇に、保健室で感じた感触を思い出す。
「理歩は、祭りで絶対買うもの何?」
「そうだなぁ、やっぱりかき氷は絶対頼むかも」
「何味?」
「メロンか、イチゴかなぁ」
「定番だ」
ドクドク、心臓がうるさい。いつもと変わらない温度の会話でさへ、意識が変なところにいってしまいそうなくらい。人とすれ違うたびに理歩の肩が私の肩に触れて、珍しい出店に彼女が私の方へ顔を向けて、視界が、パチパチと弾けていく。
手の甲に彼女の指が当たる。ブレーキを無くした車が坂を下るみたいに、スピードは増して、ただひたすらに落ちていく。
「うん、おいしい」
ピンク色の氷を溶かしていく。氷を溶かして、彼女が笑う。二人で分け合ったかき氷は、今まで食べたどんな食べ物よりも甘い味がして、イチゴのシロップに染まった舌は、きっと一生染まったままなのだとそんなことを思う。
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