第42話それはまるで(2)


 愛花かもしれない、そう思っただけでじんわりと手に汗が滲む。つま先だけを彼女に向けて、なのに体が硬くなったように動かない。姿を見ただけで緊張するなんて、初めてかもしれない。


 大きく息を吐き出して、ようやく車なんて通らない道路を横断する。暗い中はっきりとしていく輪郭。近くの自動販売機がわずかに彼女に色を付けてくれる。髪を括るシュシュには、見覚えがあった。


「愛花……?」

「っ……理歩?」


 肩が大げさなくらいに震えて、その頭がくるりと振りかえる。ベンチに座っていたのはやっぱり愛花で、予想が合っていたことへの安堵と、恋を自覚した相手への緊張で拙い笑顔が漏れる。愛花との距離って、どれくらい空いていたっけ、なんて愛花の隣に空いたベンチのスペースを見つめながら思う。


「理歩、お祭りだったんじゃないの?」

「うん、その帰り」

「……そっか……座る?」

「え? あ、うん……」


 愛花が少し避けてくれて、私のためのスペースが生まれる。そこに座って、彼女を見るととても近くて、少し離れた場所に座りなおす。隣にいるだけなのに、心臓が破裂しそう。足元を見つめる。私の足と、少しだけ横に視線をずらせば、シンプルなスキニーを履いた愛花の足が見える。


「楽しかった?」

「え?」

「お祭り。 何か食べた?」

「あ……かき氷と、たこ焼きと、ラムネ……楽しかったよ」

「そっか……いいなぁ」


 ゆっくりと彼女の方を見る。Tシャツからのびる腕、ポニーテールのおかげでよく見える首元、綺麗な輪郭の横顔。全身の血が沸騰しているんじゃないかと思うくらいに、体が熱い。


「愛花は何してたの、こんなところで」

「んー? バイト終わって、ちょっと疲れたなぁって一休み中、かな」


 ぐっと手を空へ上げて背中を伸ばす愛花の横顔を見つめる。よく見ると、少しだけ疲れたような顔をしている気がする。こんな時間までバイトなんて、確かに大変だろう。


「お疲れ様、結構ハードだね」

「そうだねー……でも、理歩と話してたらちょっと元気になったかも」


 視線がこちらを向いて、愛花の目が優しく細まる。愛花に言われて嬉しかった言葉なら今までたくさんあったけれど、こんなにも心臓がおかしくなるのは初めてで、私の体はもうすぐ爆発でもしてしまうんじゃないだろうかと、そんなことさへ思う程。

 優の気持ちが痛いほどに分かる。彼女が私の隣で笑っている、たったそれだけのことが、こんなにも嬉しい。


「元気出たら、お腹減ってきたかも。 ねぇ、ちょっとコンビニ行かない?」

「え、まだ食べてなかったの?」

「あー……忙しくって」


 行こ、と言って立ち上がった彼女の後姿が、軽やかにターンをして私へと向き直る。悲しいような寂しいような、そんな表情を一瞬していた気がしたけれど、私を見つめる愛花の表情はいつもどおりニコニコと笑っていて、気のせいなのだろう。

 今にも走りだして行きそうな足取りに釣られて立ち上がる。隣に並んで歩いて、彼女がにこにこと笑うのを見つめる。


 それが、どんなことよりも特別に思えた。

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