第46話優しさに触れて(2)
規則正しく聞こえてくる呼吸音に、ゆっくりと目を開ける。カーテンの隙間から入ってくる光だけがこの部屋に視界をくれる。目の前には、理歩の寝顔があって、掛け布団が理歩の呼吸に沿って、ゆっくりと上下を繰り返している。
私よりも大きくて、けれど骨ばった女性らしい手。ゆっくりとその手を握って、そしてまた離す。本当はきっと、こんな風に隣にいちゃいけないんだろうな。理歩のこと、泣かせちゃったし。
それでも、今こうして理歩の隣にいれることを、寝てしまうのがもったいないと思うくらいには嬉しく思ってしまっている。カーテンから差し込む光が月じゃなくて太陽のそれに代わってしまうまで、理歩のその瞼が開くまで、ずっと、見つめていたいと思ってしまう。
「……」
規則正しい呼吸音、閉じられた瞼。それらを確認して、それでもやっと、言葉にはせず口元を動かすのが精いっぱい。す、と、き、を形どって、息を吐き出すだけで胸は風船のように膨らんで肺を圧迫し苦しくさせる。
「……ごめんね」
ゆっくりと、顔を近づける。握った手を引き寄せて、理歩の手の甲に、そっと唇を触れさせる。いつか離れ行ってもいいように。ちゃんと手放せるように。一度だけの我儘を、どうか許してね。
ゆっくりと離れて、起こさないように手を放す。私の手のひらから滑り落ちて、理歩の手が布団の上に落ちる。
理歩がどんなことを考えて、どんなふうに感じているかを全部わかってあげられたらいいけれど、それはやっぱり出来なくて。だからどうか、理歩が笑っていられますようにって、願う。どうか、もう、泣かないで。
***
聞きなれた目覚ましの音。いつもの場所、頭の右上部分を手で何度か触ると、スマホの硬い感触。スマホを持って、アラームの停止ボタンを押すと音が止む。まだ寝足りない。そうだ、だって昨日はすぐには寝付けなくて。
だって、隣に愛花がいたから。
思い出して横を向くと、そこには昨日の夜と同じ景色があった。寝起きのせいなのか、蜂蜜みたいに甘く垂れ下がった目尻に、おはよう、と丸く響く声。体を横に向けて、正面からそれを享受する。すごい、こんなことあるんだ。
「おはよう」
挨拶を返すと、愛花の表情が柔らかく笑う。いつもと同じ背景、見慣れた質素な部屋なのに、彼女がいるだけでそれは百八十度景色が変わる。彩度を変えたように、部屋が明るく感じられる。
「……なんか、まだ夢見てるみたい」
「えー? なにそれ」
愛花がくすくすと小さく笑う。それを見て、思わず私も笑う。そうしていると、二つ目のアラームが鳴り始めて、お母さんが私たちを呼ぶ声が聞こえた。
「んー、いい加減起きなきゃだね」
「うん、そうだね」
そう言って笑いあって、ゆっくりと体を起こす。優しさに包まれているようなこの時間が、ずっと続いたらいいのに。ぐっと背筋を伸ばす愛花を見つめながら、そんなことを思った。
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