第4章「戦争《パレード》」
4-1、炎のキオク
◇ ◇ ◇
炎が
炎が燃えている。
視界一面が、目の前の全てが、どうしようもなく赤く染まっている。
紅蓮に燃える世界の中に一点、輝くような銀色の光を見つけた。オレはその光を見つけた瞬間、思わず名前を叫んでいた。
「オルテシア!」
オレの声に、女性がゆっくりと振り向いた。
長く伸びた銀色の髪に、透き通った蒼の瞳。優しげな微笑を浮かべる彼女は、完成された芸術品のような美しさだった。
オルテシア=エル=オルトラン。
オレが命の全てをかけて尽くすと誓った『銀の勇者』だ。
「そんな悲しそうな顔をするな、シグ。私はただ足止めをするだけだ。すぐにお前たちの後を追う。少しの間、離れるだけだ」
炎の向こうで、オルテシアが笑いながら言った。
オレはその言葉で、すぐにこれが夢の中で見ている自分自身の記憶であることを悟った。
忘れられないあの日の記憶。
大成功したと言われている『第七次魔界遠征』で、オレたちが死に物狂いで魔界から脱出しようと足掻いている時の記憶だ。
「待て、オルテシア! ここに残っちゃダメだ! 奴らが……“魔人”が常識外れの強さだってことはわかっただろう。いいから早く逃げるんだ!」
オレは必死に叫ぶが、その声はオルテシアに届いていないようだった。記憶は何度も見た通りに続いていく。
「大丈夫だ。私の堅牢さはお前も知っての通りだろう? 切り抜けてみせるさ」
そう言って、オルテシアは手に持った騎士の盾を軽く掲げた。竜の尾の一撃すら受け止めたその盾も、しかし無残に砕かれてしまうことをオレは知っている。
「……無事に戻ったら、また酒でも酌み交わそうか。シグ、お前と飲む酒はなぜだかうまいんだ。この約束を果たすためにも、私は生きて帰ろう。だから少しの間、シュナとギーランを頼んだぞ……私のかわいい
それが最期の言葉だった。
銀の勇者はオレに背を向けて、炎の向こうへ歩いていく。二度と振り向くことはなかった。
オルテシアは、死を覚悟していた。それくらい、言葉で言われなくても伝わる。あいつは命がけでオレたちを生かしそうとしてくれたんだ。
炎の向こうに歩いていくオルテシアの顔を、オレは想像することができなかった。
怒っているのか、悲しんでいるのか……ずっと彼女のことを見続けてきたはずなのに、何もわからない。
なぁ、オルテシア。お前は何を考えていたんだ? どんな顔をしていたんだ?
もう一度だけでいい、振り返ってくれ、声をかけてくれ、オレの愛した銀の勇者——
「オル、テシ……ア……」
オレは、自分のつぶやきで目を覚ました。
崩れかけた廃屋の天井が目に映る。オレがこの街に来てから2年間、住み続けている廃屋の光景だ。
久しぶりに、あの日の夢を見た。
オレが全てを失った日、忘れられない悪夢。ここ1年は見ることがなかったから油断していたが、やはり思い出すとなかなかに辛い。
心臓の動悸が止まらない。身体中から嫌な汗が吹き出ている。
オレはベッドから何とか立ち上がると、縁が割れた木のコップに水差しから水を注ぎ、一気に飲み干す。ぬるい水が喉を通っていくと、少しだけ落ち着いた。
虫に食われた木窓を開けると、外から早朝の柔らかい光が差し込んできた。いつもより早く目を覚ましてしまったみたいだ。
「くそっ……もう少し寝られたってのに」
ところが朝も早いのに、外からは賑やかな声や作業の音が聞こえてくる。今日は何か特別な日だったかと考えると、すぐに答えに思い至った。
「そうか。今日は
女神イサナが
そういえば、今日はリースたちと街を巡る約束をしていた。人混みは苦手だから、嫌なんだが約束しちまったものはしょうがない。
のろのろと時間をかけて身支度を整えると、廃屋の扉に手をかけた。
その時、玄関近くの天井に蜘蛛が糸を伸ばして巣を張っていたことに気がついた。巣の上でじっとしている蜘蛛は、やせ細って今にも死にそうに見えた。
「こんなところにいても、獲物はいないぞ。ただ静かに弱って死んでいくだけだ」
オレは何となく蜘蛛に声をかける。蜘蛛は微動だにせず、虚空を眺めていた。
もしかしたら、この蜘蛛はオレ自身なのかもしれない。過去から一歩も外に出ることができず、ただ死を待つだけの、このオレと。
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