2-9、醜い狼


 草地が揺れる。と、同時にユイファンの体はオレの目の前に迫っていた。

 なんつう瞬発力!

 速いだけのやつなら飽きるほど見てきたが、初速でこれほどの速さが出せるやつはそうそういない。


「ガルルルァ!」


 唸り声とともに突き出された拳を、オレは体を反らせて回避する。ユイファンは勢いのまま、構わず追撃。さすがに今度は後方に跳んで距離を取った。

 同時にユイファンも地を蹴り、跳躍して飛び蹴りを放ってくる。

 攻撃と攻撃の隙間がない。相手を休ませずに猛攻を続け、消耗させていく戦型スタイルか。


職能アーツ〈緑風旋回〉」


 オレは職能アーツの力で風を発生させ、宙を蹴ってユイファンの上を飛び越し離れた場所に着地した。

 ユイファンは体を反転させ、構えを取る。


「……なぜ、自分の上を取った時にあの爆発する石を使わなかったんスか?」


 爆発する石、と言うのは湖で岩を壊すために使った〈紅爆結晶〉のことだろうか。


「こんな夜更けにでかい音を出したら近所迷惑だろ。山の中には動物たちも眠っていることだしな」


 大きな音を立てれば、山の中の魔物が寄ってくる可能性もある。それに、なるべくユイファンを傷つけたくはない。


「この……手を抜くな!」


 怒りの声を上げたユイファンが、再び正面から突っ込んでくる。だが、もうその速さには見慣れた。

 オレは突き出された腕を掴むと、相手の勢いを利用してそのまま地面に転がす。


 ユイファンは転がってすぐに立ち上がり、今度は横から蹴りを放ってきた。オレは体を沈めて蹴りを掻い潜ると、軸の足を払ってユイファンを転ばせる。

 殴る、蹴るは苦手だが、投げ技や極め技は多少心得がある。そこらへんは〈銀糸鋼線〉をよりよく扱うために身に付けた技だ。


「くっ……!」


 尻餅をついたユイファンがオレを見上げる。


「だーれが手を抜いてるって? 感情のまま突っ込んだところで、あしらわれるだけだぞ。昼に見た、魔物相手にリースと連携しながら戦っていたお前の方がよっぽど強かったぜ」


「う、うるさい! うぅ……グルルルル……グルルルァアアアアア!!!!」


 ユイファンの異変を感じ、オレは後ろに引いて距離を取った。

 纏う雰囲気が、さらに荒々しくなる。構えが変わり、両手を地面について四足の獣のような状態になった。

 眼光が鋭さを増し、オレを射抜く。


「おいでなすったな」


 どうやらここからが本当の半人狼ハーフウルフの力の暴走らしい。

 ユイファンが四足で草地を駆け、オレに飛びかかってきた。速度はさらに上昇している。だが、見切れない速さじゃない。

 五指を折り曲げ引っ掻くような動作で振るってきた手を、体を引いて最少の動作でかわす。腕を掴み、地面に叩きつける。


 だが、そこでユイファンは驚く行動に出た。体を自分から地面に叩きつけ、反動を使って瞬時に体勢を立て直したのだ。

 まずい、避ける暇がない……!

 ユイファンが繰り出してきた掌底を、オレは両腕を交差させて受けた。


「痛っっっつ〜!」


 防御した腕がジンジンと痺れる。骨は折れてないみたいだが、しばらく使い物にはならないだろう。

 これが半人狼ハーフウルフの暴走状態か。無茶な戦い方をしやがる。


 ——だが、強い。


「こりゃ、オレも余裕がなくなってきたぞ」


 ユイファンの猛攻を、オレはなんとか紙一重でかわしていく。痺れた腕は、なんとか指先を動かせる程度に回復したが、もう一回防御に使えば今度こそ骨がやられる。

 オレは段々と追い詰められ、ついに草地から山中の森の中にまで後退してしまった。


「グルルル……コレガ、自分ノ、力ダ……!」


 暴走状態のまま、ユイファンが途切れ途切れに言葉を紡ぐ。


「コノ、姿ヲ見テ……誰ガ共ニイタイト思ウ! 誰ガ命ヲ預ケタイト思ウ!」


 狼のごとき鋭い眼光を宿したユイファンの目から、涙がこぼれた。



「醜イ狼ガ、冒険者ニナンテナレナイヨ……!」



 やっと


 やっとこいつの本音を聞くことができた気がする。


 こいつは自分が拒絶されることを恐れて、一歩を踏み出す勇気が持てないんだ。事情を知って受け入れてくれる道場から出ることができないでいる。

 本当は、外の世界を自由に歩きたいはずなのに。


「醜い狼だぁ? オレからしちゃ、お前の暴走状態だって酒飲んで暴れてるみたいなモンさ。深く考えすぎなんだよ。要は暴れても、抑えられる奴が近くにいればいいんだろ? 簡単な話だ」


「デキルモノナラヤッテミロ!」


 ユイファンが涙を払い、四足で疾走した。爪に見立てた五指がオレに迫る。

 オレの腕は指先くらいしか動かせず、防御はできない。避けようにも周囲に木々が生えた森の中では動ける範囲が限られてしまう。状況は圧倒的に向こうが有利だろう。


 だがな、この場所に誘い込まれた時点でお前は負けているんだよ、ユイファン!


「バカ、ナ……! 体ガ、動カナイ……⁉︎」


 ユイファンが飛びかかった姿勢のまま、空中で動きを止める。


 〈銀糸鋼線〉


 木々の間に張り巡らせた糸が、ユイファンの体を絡め取ったのだ。

 開けた場所でも使用することはできるが、やはり真価を発揮するのは遮蔽物のある戦場フィールドだ。

 草地の戦いでこの職能アーツを見せなかったのは、最後の制圧に使うためだった。狼は一度かかった罠に二度とかからないと言うしな。

 指先を動かせるだけで、オレには十分だったってことさ。


「リースから聞いてなかったか? だってよ」


 決着である。

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