2-8、半人狼《ハーフウルフ》
「一体、こんな夜分に何の用事があるんかねえ……」
必要以上に他人に干渉するつもりはないが、気になるものは気になる。村長から聞いた“
オレは距離を取って、バレないようにユイファンを尾行していった。
夜の山に吹く風は冷たい。薄着で出てきてしまったオレは震えながら歩いていた。早く帰りてぇよぉ。
ユイファンはわき目も振らず、山道を早足で進んでいく。三つ編みを解いた長い黒髪が揺れていた。
ようやく足を止めたのは、開けた丘のような場所だった。空に浮かぶ半月がよく見える。オレは木の幹に体を隠し、草地の中央に立つユイファンの様子を伺う。
月を見上げたユイファンの目がカッと大きく見開かれた。
その直後
「ウォオオオオオオォォォォォン!!!!」
ユイファンが月夜に向かって唸り声を上げる。その声は人というよりも、獣の遠吠えのようだった。
少女の体に変化が起きる。頭に三角の耳が生え、口の隙間から牙が覗く。眼光が鋭さを増し、その様相はまるで——狼。
「——どうやら、見られてしまったようっスね」
ユイファンが、木の陰に隠れるオレを真っ直ぐに見てきた。尾行には自信があったんだが、バレちまってたのか?
「悪いな。気持ちよく夜の散歩をしてたら、たまたまお前の姿を見つけたもんでね」
オレは観念して木の陰から出ると、両手を広げてユイファンに向き合った。
「……お前、
この世には “亜人種”と呼ばれて括られる人々がいる。
そいつらはオレたちとは異なる身体的特徴を持ち、例えば森の中に住み精霊と心を通わせることのできる耳の長い
そして
“亜人種”のことを黒い塵が体に混じった「魔物もどき」と蔑む奴もいれば、人間がこの世界に生まれる以前から住んでいた種族たちだと主張する奴もいる。
「正確にはその成り損ない、
ユイファンが冷たい声で答えた。
ハーフ、ということは
「それで、どうするんスか? 自分が
「別にどうもしねぇよ。お前はオレの背中にでっかいイボがあるって知ったら、それを言いふらすのか?」
「あるんスか?」
「いや、ないけどさ」
この投げやりな応答、相当拗らせているとみた。最初から受け入れられないものだと、決して理解されないものだと思い込んでいる。
そこで一つ合点がいくことがあった。
「そうか。お前が冒険者になりたいのに一歩を踏み出そうとしないのは、その耳と牙が理由なのか」
ユイファンは、リースの
「当たり前っスよ。誰がこんな曰く付きのやつと
「なぜ、先に決めつける。まだ正面から向き合ってもないんだろ? それに、リースは割とそのあたり寛容だと思うぞ。自分と違うものを受け入れる謎の心の広さがある」
「何を根拠にそんなこと言ってるんスか!」
「いや、酒場に転がってる呑んだくれ無職を
「………………それもそうっスね」
どうやら納得してくれたようだ。
ユイファンは少し俯き、自信なさげに言葉を続けた。
「……だけど、自分はまだ
亜人種には秘めた力を持つ者が多い。それが恐れられる理由の一つでもあるのだが。
さて、ここからオレはどう動くべきか。面倒なのでこのまま何事もなかったように解散してもいいのだが、それではこいつの問題は解決しない。
オレの目的は、ユイファンが自分の負い目に決着をつけてリースの仲間になると決断するよう仕向けることだ。リースに仲間が増えれば、オレも心置きなくぐーたらな生活に戻れることだしな。
少し考え、オレはわざと挑発するような口調で切り出した。劇団無職の開演である。
「あー……オレも昔はそんな妄想したなー。自分には隠された力があって、そいつが目覚めようとしているとかなんとか。うぅ、収まれ……オレの中に眠る黒星の力! みたいなさ」
自分で言ってて恥ずかしくなったが、ちょっと強くなった冒険者が陥りやすい病いでもある。
「なんスか、その言い方は……人が本気で悩んでいることを茶化すな!」
ユイファンの全身から殺気が吹き出した。まるで獣を相手にしているかのような、荒々しい気配だ。
なるほど、これがあいつの言う
「別に茶化したわけじゃない。お前が悩んでいることは、実は大したことじゃないかもしれないって話さ。根拠がほしいならその力でオレに挑んでみろ。身の程を教えてやる」
「後悔しても知らないっスよ!」
半月が輝く夜空に、狼の遠吠えが響いた。
よしよし、乗ってきたな。あとはオレの腕次第。こいつの本音を引き出し、かついい感じに決着を付けてやるさ。
……その前にオレがやられちまうかもしれないけど。
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