2-7、巨影
なるべく急いだつもりだったが、村に着いた時には日は暮れてしまっていた。
依頼主である村長の家を訪ねると、山中であったことを報告する。
最初は水量が戻ったことに笑顔だった村長だが、話が岩のことになると段々表情が青ざめていった。
「……その顔は、何か心当たりがあるって顔だな。知ってることを話してくれないか?」
オレがそう切り込むと、村長の爺さんは少しためらった後にポツリポツリと話し始めた。
「あれが本当に現実の光景だったかは、今でも自信がない。幻覚でも見たのか、もしくは何かの見間違いだったのではと思っているよ。ひと月ほど前の夜だったかな……山の上の方で木々よりもはるかに巨大な怪物が現れたのを、わしらは見てしまったのだ」
村長の話に、リースとユイファンが息を飲んだ。オレも思わず声を出しかけたくらいだ。
「姿形は人間のようだった……まるで伝承に聞く
ひと月前と言うと、ちょうど川の水量が減ってきた頃と重なる。
村長の言うことを信じるなら、
なぜ、村の者が自分たちで水源を調査しに行かなかった本当の理由がわかった。
魔物を恐れたのもあるだろう。だが、それ以上に夜に現れた
「もしかして、あの湖の底に怪物が眠っていたのかもしれないね……なーんて」
リースは場を和まそうと言ったのかもしれないが、そいつは逆効果だ。オレは背筋に冷たい感覚が走った。
湖にいる時は、何かに見られているような不気味さが付き纏っていた。もしかしたらそれは、リースの言う通り湖の底にいた怪物によるものなのかもしれない。
ともあれ、これで
しかし問題はもう一つだけある。
「なぁ、村長さん。もう日も暮れてしまったから、村に一泊させてほしいんだが宿か何かはあるか?」
「あぁ、それならば我が家の離れを使うといい。宿のような上等な場所ではないが、この村では客人が来た時にはそこに泊まってもらうのだ。簡素なもので悪いが、食事も後で届けよう」
よしよし、ただ飯が食えそうで何よりだ。酒がないのは残念だけどな。
「あの……自分は今日中に街に戻りたいので、遠慮させていただくっス」
ユイファンが小さく手を挙げ、言いにくそうに発言した。村長は心配そうな顔で首を横に振る。
「それはやめたほうがいい。夜の山道は危険だ。足を滑らせ、川に落ちて亡くなった者もいる。悪いことは言わないから、泊まっていった方がいい」
「そうだよ、ユイちゃん。今日1日戦って、きっとユイちゃんも疲れてるよ。無理はしない方がいいと思うよ」
リースの言うことはもっともだ。魔物との戦闘続きでユイファンは見た目以上に疲弊している。その状態で夜の山道でも歩けば、いつ足を滑らすかわからない。
だが、こいつは何か守りたい秘密があるらしい。なので、オレは基本的に口を出さないようにしている。
もし、無理してでも山道を通って街に帰ることを選び、その結果山の中で事故に遭ったとしても、それはこいつの選択だ。
「うーん……そうっスね……ではお言葉に甘えて、自分も泊まらせていただくっス」
「やったぁ!」
長く悩んだ末に、ユイファンはこの村に宿泊することを決めた。無邪気にはしゃぐリースとは対照的に、ユイファンの顔は隠してはいるものの憂鬱そうに沈んだままだった。
村長の離れに案内されたオレたちは、簡素な夕食を食べると早めにベッドに潜り込んだ。
建物には一階と屋根裏部屋があり、リースとユイファンは一階で、オレは屋根裏部屋で寝ることとなった。
リースは「今日は寝ないでお話ししようよ!」と盛り上がっていたが、やはり疲れには勝てなかったのか一番先に寝息を立て始めた。
オレも埃っぽいベッドに横になりまぶたを閉じると、すぐに眠気が襲ってきた。最近はすぐに疲れてしまう。現役を離れたのに加え、歳を取ってしまっているのもあるだろう。
ウトウトしていると、押し殺したような足音が一階で小さく響いたのを聞き、意識が瞬時に覚醒した。
嫌だね。体が鈍っても、染み付いた感覚はなかなか消えちゃくれない。
オレはベッドから出ると、屋根裏部屋に取り付けられた木の窓を開けて外の様子を伺う。
半分に欠けた月が照らす村の道を、急ぎ足で歩く影があった。
道着を纏う少女——ユイファンの姿だった。
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