2-6、ほの暗い湖の底に

 

 2人が回復するのを待ってから、再び湖に向けて川沿いを歩き出す。

 途中、2回ほど片鋏蟹シザークラブの群れとの戦闘があった。リースとユイファンは戦い慣れてきたのか、危なげなくそいつらを討伐した。


「……なんだかおかしいな」


 計3回目の戦闘を終えたリースが、剣を鞘に収めながら呟いた。


「何がおかしいんスか? リース」


「うん……なんていうのかな、まるでこの魔物たちが気がして」


 リースの言ったことは、実はオレも薄々考えていたことだった。

 魔物と言えど、一応生物という括りではあるので住処や領域テリトリーというものがある。

 片鋏蟹シザークラブ遭遇エンカウントした場所は、水辺から少し離れた場所だった。つまり、本来の生息地と思われる場所ではないように思えるのだ。


 混沌ケイオスに答えを求めるのは間違いだ。


 だが、物事には必ず因果がある。


 山道を抜けると、突然視界が開けた。川の流れを辿っていった先には、木々に囲まれた大きな湖があった。


「わぁ、綺麗だね!」


 リースが感嘆の声を上げる。

 湖は穏やかに凪いでいて、静寂が漂っている。湖面が太陽の光を反射して輝いていた。


 美しい景色だ。だが、その美しさと静かさに逆に不安が掻き立てられる。何かが潜んでいるのではないか、そんな言い知れぬ恐怖が背中に走る。

 ほの暗い湖の底から、何かがオレたちを覗いているような……


「どうやら、川の水が止まっているのはこの岩が原因みたいっスね」


 周囲を歩き回っていたユイファンが何かを見つけたようだった。

 湖から川に流入する入り口。そこに巨大な岩が転がっていた。岩は水の流れを遮り、別の方向へ新しい水の出口を作っている。

 川に流れる水の量が減ったのは、この岩が流れを変えてしまったからのようだ。


「こいつを取り除いちまえば解決か。結構あっさり終わりそうだな」


 面倒な話にならなかったことに、オレは安堵のため息をつく。

 だが、違和感は拭えない。

 そもそもこの巨大岩はどこから落ちてきたんだ? 山の上の方から転がってきたと考えるのが自然だが、その跡が見当たらないのが気になる。

 見渡せば同じ大きさの岩があちこちに転がっている。最近、土砂崩れでも起きたのだろうか?


「自分が殴って壊しましょうか?」


 ユイファンが拳を打ち合わせて、提案してきた。


「いや、ヒビを入れてくれるだけでいい。すぐには壊せないだろ。あとはオレがやる」


「……本当スか? まぁ、それでできるならそれでいいっスけど」


 ユイファンが半信半疑な様子で、巨大岩へ歩き出した。

 そりゃ、オレが戦ってるところはこいつには見せてないもんなあ。ただの無職の役立たずくらいにしか思われてなさそう。

 まぁ、それも間違いではないんだがな。


職能アーツ〈鉄拳神鋼〉……喰らうっス、震撃〈衝突牙〉!」


 掛け声とともに、ユイファンが拳を巨大岩へ打ち込む。打撃音が湖に響き、岩に亀裂が走った。なかなかの威力だ。

 このまま殴り続けても壊せるだろうが、それでは岩を細かく砕くまでに手間がかかる。それでオレの職能アーツの出番ってワケ。


職能アーツ〈紅爆結晶〉」


 オレは手の中で爆発する結晶体を生成する。戦いの中ではないので、少し時間をかけて大きく作る。

 小石くらいの大きさの結晶を3つ生成すると、ユイファンが刻んだ亀裂の隙間に放り込んだ。


「よし、ちょっと離れるぞ」


 リースとユイファンを連れて巨大岩から距離を取る。オレは右手を上げると、中指の腹を親指で弾いて音を鳴らした。

 オレが指をパッチンと鳴らした瞬間、〈紅爆結晶〉が爆発。内側から衝撃を受け、巨大岩は粉々に砕けた。


 障害物がなくなり、湖の水は元の通り勢いよく川へ流れ出す。これで下流の村の水不足も解決だろう。


「やったぁ! さすがシグさん。すごいすごい!」


 流れ始めた水を見て、リースが跳び上がって喜ぶ。ユイファンも感心したようだった。


「なるほど、こんな技を隠し持ってたんスね。指パッチンにも何か意味があるんスか?」


 指パッチンは特に意味はない。ただの演出である。

 ともあれこれで依頼クエストは解決だ。日も大分傾いてきている。引っかかることは多々あるが、さっさと下山してしまおう。


 なんだか、ここは気味が悪い。

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