2-5、燕と狼


「いっくよー! 職能アーツ〈戦刃加速〉!」


 最初に仕掛けたのはリースだ。刃に職能アーツの青い光を纏わせて、片鋏蟹シザークラブの群れに正面から切り込んでいく。


「一瞬二斬『燕斬り』!」


 リースが得意技を放つ。しかし刃は甲高い音を立てて、片鋏蟹シザークラブの甲羅に弾かれてしまった。


 甲殻類の形象を持つ魔物は、その名の通り外殻の硬さが特徴だ。通常攻撃よりは精霊術のような属性攻撃が有効であることが多い。

 だが、この場に術士はいない。さぁ、どうする若人どもよ。


「斬ってダメなら殴るのが常套! 今度は自分ス。職能アーツ〈鉄拳神鋼〉!」


 皮の手甲を着けたユイファンの両腕が、鈍く光り始める。

 〈鉄拳神鋼〉は格闘士セスタス気功士モンクの基本的な職能アーツだ。四肢を硬く強化することにより、破壊力を増すと共に自身の体が壊れないよう保護するのだ。


 ユイファンが拳を振り下ろし、片鋏蟹シザークラブに打撃を当てると、甲殻に大きくヒビが入った。


「さすがだね、ユイちゃん! ボクも負けてられないや」


 奮起したリースが勢いよく剣を振るう。だが、その刃の軌道がユイファンの行く先を阻んでしまった。


「危ないっスよ、リース! 剣が当たるところだったっス」


「ご、ごめん!」


 その後は動きがチグハグなまま、苦戦の状態が続いた。

 リースはうまく片鋏蟹シザークラブのハサミを捌いて攻撃を当てているのだが、硬い甲羅に弾かれてばかり。逆にユイファンは初撃こそ勢いでいい一撃を放ったが、鋭利なハサミを掻い潜れず攻めあぐねている。


 何より、互いが互いの動きを気にして連携が全く取れていない。

 全滅の危機でもない限り手は出さないつもりでいたが、口ぐらいは挟ませてもらおうかな。


「リース、ユイファン。前衛職が固まって戦っても邪魔し合うだけだぞ。離れて戦うか、もしくは役割を分担しろ」


 オレが木の上から声をかけると、リースは何かに気がついたようだった。


「役割の分担……そうか!」


 リースは剣を構えたまま後方に跳んで距離を取ると、ユイファンを見る。


「ユイちゃん、ボクは魔物のハサミを受けることに専念するよ! その間に攻撃をお願い!」


「ん、おぉ! 心得たっス!」


 よしよし。2人はちゃんと指示の意図を理解してくれたみたいだな。

 並んで戦っているだけでは連携とは呼ばない。それぞれの役割をはっきりさせ、敵をどう崩すか道筋を立てる。それが集団の戦い方ってやつだ。


 口から泡を吹く片鋏蟹シザークラブが、横歩きで近づいてくる。

 外敵を排除しようと鋭利なハサミを振り下ろしてきた瞬間、リースが割って入り剣で攻撃を受け止めた。


「今だよ、ユイちゃん!」


「合ぁぁぁぁ点っス! 喰らえ、空撃〈豪墜牙〉!」


 ユイファンが跳び上がり、リースが足止めをしている片鋏蟹シザークラブに力強く拳を振り下ろした。

 職能アーツ〈鉄拳神鋼〉の力に落下の速度を乗せた一撃が甲羅を突き破る。致命傷を受けた片鋏蟹シザークラブの体が崩れ、黒い塵となって消えていった。

 リースがハサミを押さえつけてくれたおかげで、今までより思い切りよく拳を振るうことができたのだろう。ユイファンが会心の笑みを浮かべていた。


「よっしゃあ! 勝ち戦略パターン入ったっス! このまま押し切ってくっスよ!」


「了解! やってやろうかユイちゃん!」


 もちろん、すんなり決まったのは最初の一回だけで、リースがハサミを受けきれなかったり、ユイファンが攻撃を外したりなど失敗は重ねたが、2人は着実に魔物の数を減らしていった。


「……この分なら、オレの助けは必要ねえか」


 オレは呟くと、指先から垂らしていた〈銀糸鋼線〉の糸を引っ込めた。


 奮闘の末、リースとユイファンは3匹の片鋏蟹シザークラブを全滅させた。黒の塵が舞う中で、肩で息をする2人がボロボロになりながら立っている。


「や、やったぁ……!」


「疲れたっス……」


 オレは避難先の木の上から飛び降りると、2人の肩を軽く叩いた。


「よ、お疲れさん。いい戦いだったな」


 そう声をかけると、緊張が解けたのかリースとユイファンはへなへなとその場に座り込んだ。よほど消耗していたらしい。


「えへへ、やりましたよシグさん。4級の魔物撃破です」


 リースが疲れた顔に満面の笑みを浮かべ、オレを見た。

 昨日まで同じ4級の強さの灰色狼グレーウルフに苦戦していたことを考えると、相当な進歩レベルアップだ。

 その隣では、ユイファンが達成感を噛み締めるように拳をぎゅっと握っていた。


「ずいぶん嬉しそうだな、ユイファン。冒険者としてやっていく気になったのか?」


 ユイファンは我に返ると、オレから顔を背けた。


「べ、別にそういうわけじゃないっスよ……! 余計なお世話っス」


 道着の少女は、そっぽを向いたまま言葉を続ける。


「ただ……助言はありがたかったっス」


 きっとこれはこいつなりの感謝なんだろう。ありがたく受け取っておくか。

 さて、出発するにももう少し休憩が必要だろう。果たしてこの蟹の魔物どもが、今回の水源枯渇の件に関わっているのか……答えはこの先にあるはずだ。

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