2-4、淡水ガニは揚げるとうまい


 そのまま歩き続けたオレたちは、昼過ぎに依頼のあった村に着いた。

 村長の屋敷で依頼クエストを受けた冒険者であることを伝えると、簡素な昼食をご馳走された。

 腹を膨らませた後に、場所を教えられた湖へ川沿いに山道を登っていく。


「……確かに水の量が少ないね」


 川を覗き込んだリースが深刻そうな声で言った。

 リースの言う通り、川の水位は本来の高さがあったであろう位置をかなり下回っている。この水量では村の畑全てを賄うことは難しいだろう。


 状況は確かめていないのか尋ねると、村長は渋い表情で首を横に振ってこう答えた。


『昔は血気盛んな若い衆が多く、自分たちの手で解決しようとしたものだが、今やこの村は年寄りばかりだ。無理をするより、耐え忍ぶ時間が続いても助けが来るのを待とうと決めたのだよ』


 それを聞いたリースとユイファンは使命感に燃えて張り切っていた。

 オレはそもそも誰かが手を差し伸べてくれなければ立ち行かなくなる状況そのものをなんとかするべきじゃないかと冷めた風に思ったが、一朝一夕で変えられるものでもないのだろう。


 かくして、オレたちは木が生い茂る山道を進んでいる。

 村に至るまでのなだらかな道に比べ、傾斜がきつくなった。3年間怠けていたオレの体は、すでに悲鳴を上げている。


「待って……もう少し、ゆっくり歩こうぜ……目的の場所に、着いた時に、体力が、なくなってちゃ、意味ないだろ……?」


 オレが息を切らせながら訴えると、ユイファンが呆れたようにため息をついた。


「いや、これくらいの速さフツーっスよ。どんだけ体力ないんスか……」


「まぁまぁ、ユイちゃん。いつ魔物が出てくるかわからないんだし、用心しながら進もうよ」


 リースの言葉に渋々頷き、ユイファンは歩くペースを若干落とす。そんなにさっさと帰りたいのかね?


 途中、休憩を挟みながら山道を進んでいく。上流になるにつれて、川に転がる岩が大きくなっていく。下流の岩は川に流されて削られて小さくなっているからな。

 村長の話では、そろそろ着いてもいいはずだが……


「皆、止まるっス」


 前を歩いていたユイファンが手でオレたちを制した。前方で何かが這い回る気配がした。

 敵の気配にいち早く気づくとは、ユイファンは勘が鋭いみたいだ。

 茂みの陰から現れたのは、蟹のような魔物だった。大きさは昨日リースが倒した灰色狼グレーウルフくらい。片方のハサミが大きく、鋭くなっている。


片鋏蟹シザークラブだ。階級は4級。動きは単純だが、鋏の切れ味は刃みたいに鋭いぞ」


「蟹⁉︎ なんで山の中に蟹なんているんスか!」


 ユイファンが武術の構えのまま、驚きの声を上げた。


混沌ケイオスに常識を当てはめようとしても無駄だ。それに、普通の生き物の中にも川や沢みたいに淡水に生息する蟹もいる」


「詳しいんだね、シグさん」


 リースが感心したように言った。


「あぁ、ついでにいい情報を教えてやる……淡水ガニは揚げるといいつまみになる」


「本当? ボクはお酒飲めないからなあ。でもおつまみは大好き」


「……なぁ、リース。いい機会だから言っておくんだが、オレが晩酌している間につまみをパクパク食べるのはやめてくれ」


「えへへ。ついつい食べちゃうんだよねえ」


「のんきに飯の話をしてる場合っスか⁉︎ 目の前の魔物に集中するっスよ!」


 ユイファンの叱責で、オレは会話を切り上がる。そういえば、そうだったな。

 茂みから新たに2匹の片鋏蟹シザークラブが姿を現した。


 これで敵は3匹。こっちも3人。ただし、オレはよっぽどのことがない限り働かないがな!

 さぁ、力を見せてもらおうか、格闘士セスタス。お前がリースの隣に立って戦うのに相応しい冒険者かどうか、退屈しのぎに見定めてやるよ。

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