5-15、残骸


 オレの短剣ダガーは、確実にベレスに致命傷を与えた。それだけの手応えがあった。

 奴の命はやがて消えてゆくだろう。そして……このオレも。


 核を失いただの岩人形と化した百腕岩石巨人ヘカトンケイルが、ゆっくりと崩壊を始める。巨体を構築していた岩が剥がれ、次々と落下してきた。

 もう間もなく、この巨体は倒壊していく。早くこの場を離れるべきだ。


 オレは体を反転させると、崩れゆく百腕岩石巨人ヘカトンケイルに背を向けて歩き始める。その途中に、仰向けになったまま動かないベレスとすれ違った。


「……自分で作り出した兵器が、我が墓標となるか。それも悪くない」


 ベレスは宙を見上げたまま、小さく呟いた。


「お前も死ぬのか? シグルイ=ユラハ」


 その問いに、オレは振り向くことなく答える。


「ああ、死ぬね。さすがに致命傷をもらいすぎた。黒の塵で傷を埋めて誤魔化してはいるが、〈黒星死狂〉が解除されたら……もうどうしようもねぇ」


 すでに3回も4回も死んでいるような傷を負っている。それでも尚動くことができている〈黒星死狂〉の回復力が異常なのだ。


 特に最後にベレスから受けた拳が決定的だった。

 いい一撃だったと、素直にそう思う。


「ならば、聖樹ユグドラで魂を休めている我が仲間への伝言を頼みたい。堕ちた私の行く先は、地の底の獄だと決まっているからな」


 ベレスが手をつき、無理やり体を起こした。

 オレは百腕岩石巨人ヘカトンケイルの崩落に巻き込まれない場所まで来ると、振り返ってベレスに目を向ける。


「……いいぜ、言ってみろよ。覚えていたら、伝えておいてやる」


 オレの答えに、ベレスが口の端を歪めて笑みを浮かべた。


「岩の勇者ベレス=グレイドは、邪道に手を染め魔界への侵攻を企てたが、力至らず失敗した。お前たちの無念を晴らすことができなかったことを許してほしい、と」


 百腕岩石巨人ヘカトンケイルの体が崩れていく。巨岩が落ちて、地面を振動させた。

 ついに胴体が傾き、真下にいるベレスに向かって倒れていく。巨岩がその体を押しつぶす直前、ベレスの表情から笑みが消えた。




「それから……こうも伝えてほしい。こんな私と一緒に冒険をしてくれて、ありがとう、と」




 直後、百腕岩石巨人ヘカトンケイルの巨岩が倒壊した。その衝撃で、一帯に地響きが起こる。ベレスの体は、落下する岩の塊の中に消えていった。

 後には、瓦礫の山ができあがった。

 復讐に狂った男の——野望の残骸だ。


「やれやれ……ようやく本音を話したか」


 結局のところ、ベレスは勇者であることに固執し続けたのだ。今の自分では魔界に巣食う怪物どもに敵わないと思ったからこそ、全ての人間を兵士に仕立てる戦争パレード計画に至った。

 どこまでも、どこまでも真面目な男だった。

 自分が背負った責務と、仲間を失った悲しみを抱えながら、真っ直ぐに狂っていった。

 心が折れて、一歩も進むことができなくなったオレとは対象的に、ただひたすら突き進み続けた。


 一陣の風が吹き、砂埃をさらっていく。風は高く空へと舞い上がり、やがて虚空へと消えていった。

 オレは風が吹いていった方向を見上げて呟く。


「あばよ、ベレス」




 岩の勇者ベレス=グレイド——残骸に死す。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る