5-16、オレの物語


「シグさん!」


 ベレスの墓標となった瓦礫の山をぼんやりと眺めていると、リースたちが駆け寄ってきた。


「本当に、本当にお疲れ様でした! かっこよかったです!」


 リースが表情を輝かせながら、オレを見上げてくる。


「めっちゃ痺れたっス! シグルイくんは自分の憧れっス!」


 ユイファンが興奮したように拳を握る。


「しぐるい、すごい」


 フィオがオレの服の袖を掴み、恥ずかしそうに言った。

 何言ってるんだか、こいつらは。かっこいいも、痺れたも、すごいも、オレがお前たちに言いたいことなのに。


 笑って言葉を返そうとして、体内を激痛が走って顔を歪める。

 どうやら、オレに残された時間はあまりないようだ。〈黒星死狂〉の効果が終われば、オレの体の傷はまた元どおりになってしまうだろう。


 魔法が、解けようとしている。


 人生の、最後の魔法が。


「どうしたんスか、シグルイくん?」


 異変を感じ取ったユイファンが心配そうに尋ねてきた。オレは首を横に振る。


「……なんでもない。ちょっと疲れただけだ。移動する前に、少し話でもしようか」


 そう言って、オレは瓦礫に腰掛けた。リースたちは向かい側に座る。

 オレは3人娘を見渡すと、笑顔で話し始める。


「まずはお前たち、よく頑張ったな。オレがいいところを持ってっちまったけど、街を守ることができたのは、お前たちの頑張りのおかげだ」


 褒めると、3人は恥ずかしそうにもじもじする。普段はこんな風に真っ直ぐに言葉を伝えることはしてこなかったからな。

 だけどいいだろ? 最期くらいは素直になったって。


「フィオ」


 オレはまず、フードを目深に被った火霊術士サラマンダーの少女の名前を呼んだ。フィオは驚いたように体を震わせる。


「まだ一行パーティに入って日が浅いのに、よく仲間と連携が取れているな。術の精度もどんどん上がっている。さすがは大精霊術士の弟子だ。課題は……無防備な時間が長いことだな。難しいかもしれないが、移動しながら術が撃てるようになれば戦いの幅もぐっと広がるはずだ」


「う、うん」


 フィオはぎこちなく頷く。

 森の外の世界へ歩き始めたばかりのフィオ。感情表現もまだ不慣れな様子だけど、新しい世界を知って、心を育んでいくことだろう。


「ユイファン」


 次にオレは格闘士セスタスの少女の名前を呼んだ。ユイファンは姿勢を正す。


「お前は視野が広くて、仲間のことにも気を配ることができる。それが一番の強みだと思う。だけど、他人を優先させようとする余り、自分が前に出る積極性が失われてしまっているようにも見えるんだ。時には、お前が中心になって動くべき場面が必ずある。それを忘れるなよ」


「……はいっス!」


 ユイファンは力強く頷いた。

 半人狼ハーフウルフである自分と向き合い始めたユイファン。人と違うという事実を受け入れるまでにはかなり時間がかかるだろう。だけど、受け入れてくれる仲間がいれば、いつか必ず自分の個性を愛することができるようになるはずだ。


「リース」


 そして、オレは最後に少女勇者の顔を見た。リースは緊張した表情でオレに視線を返す。


「よく〈一輪の紋章〉を咲かせることができたな。たった数ヶ月で一つ花を咲かせるなんてことは、今までの勇者は誰もできなかったことだ。だけどそれは才能だけじゃない、お前の努力によるものだって、オレは知っている。だから胸を張って、お前は勇者を名乗るといい」


 出会った時は、まだ幼い雛鳥だった。

 それが一緒に冒険をしているうちに、あっという間に大きく空へと羽ばたいていける翼を身につけていた。

 どこまでも、どこまでも高く空へと舞い上がってほしい。この広い世界を、どこまでも。それが、オレがリースにかける願いだ。


「異なるものの声に耳を傾けろ。曇りなき眼で見て受け入れろ。それができるのが、お前の良さだ……リース。オレは、お前のそういうところに救われたんだ。だから、これからも、その純粋な心を持ち続けてほしい」


 こいつは、過去に囚われ暗い場所に閉じこもったままだったオレを明るい世界へ連れ戻してくれた。

 リースがいなければ、オレの物語は最悪の結末バッドエンドで終わったままだった。それを少しでも前に進めてくれたことには、感謝してもし切れない。


「あの……シグさんの言葉はとても嬉しいです。今この場で跳び上がっちゃうくらいに。だけど、だけど……!」


 リースが顔を上げた。その目には、涙が浮かんでいた。


「なんで、これでお別れみたいな口調で言うんですか! なんで、最後に贈る言葉みたいなことを話しているんですか!」


 さすがにちょっとわざとらしかったか。そりゃ違和感も感じるよなあ。

 オレはリースの言葉を聞いて、全てを明かす決心をした。


「最期、だからだよ」


 オレが言うと、リースたちは息を飲んだ。


「オレはもう、死んでるみたいなもんなんだ。オレの切り札〈黒星死狂〉で無理やり体を動かしているだけに過ぎない。時間が経って職能アーツが解ければ、それはオレの命が終わる時だ」


 話している間にも、体の中で壊れた音が聞こえた気がした。

 決定的な何かが、壊れてしまった音だ。


「あ、あぁ……シグさん、血が……! 急いで治療しないと!」


 リースに言われて、ようやくオレは自分の体から血が吹き出していることに気がついた。頬に触れると、真っ赤な鮮血が手のひらにべったりと付着した。

 〈黒星死狂〉の効果が切れて、傷が開き始めている。無理やりつなぎ合わせていた壊れた体が、あるべき姿に戻ろうとしている。だが、不思議と痛みはない。自分の命が静かに砂になって崩れていくような感覚だ。


「……オレのことは気にするな。もともと死んだように生きていたんだ。ちょっとでも、お前たちの役に立てたなら、満足だよ」


「ちょっとじゃないです! 全部です!」


 オレの言葉をかき消すように、リースが叫んだ。


「ボクの大切なことは、全部、全部、あなたがくれました! 戦い方も、仲間も、そして今ここにある命も! ボクはまだ、何一つ返せていない! だから生きて、これからもボクたちと一緒にいてよ、シグさん!」


 その言葉を聞いて、オレの中に喜びが湧き上がってくる。

 だけど、オレはリースの言葉に答えることはできない。

 もう一緒には、いられないんだから。


 体から力が抜けていく。視界が霞んできた。どうやら、命の火が消える時間がきたようだ。ゆっくりと、体が傾いていく。


「ユイちゃん、フィオちゃん! シグさんを治療できる場所に運ぶよ!」


「ええと……確か、イサナ教の教会が臨時の治療所になっていたはずっス! そこでなら治療を受けられるかも!」


「なら、すぐに行こう。リースとユイはしぐるいを運んで。フィオが魔物たちを近づけさせない」


 残った最後の感覚で、オレは誰かに背負われているのを感じた。

 気にするなって言ったのに、それでもオレを助けようとしてくれているみたいだ。なんか、嬉しいな……大事にされているみたいで。


 なぁ、オルテシア。


 オレにも仲間ができたよ。


 大切な、大切な仲間が。


 こいつらの成長をもっと先まで見届けることができないのは残念だけど、贅沢は言っちゃいけねえや。だって、今ここにある命はお前がくれたものなんだから。


 もらった命で何か一つでも残すことができたなら


 こいつらの背中を押す手助けをすることができたなら


 オレはもう、満足だ。


 そう思えるから、オレはここまででいい。


 そう思えるから、オレの物語はここまでだ。


 リース

 ユイファン

 フィオ


 皆、元気で。


 願わくば、オレのことなんて忘れて先へ先へと進み続けてほしい。オレが誇りに思えるくらい真っ直ぐに。




 この広い世界を、どこまでも




 どこ、まで、も………













「シグさん、組合ギルドが見えてきましたよ! もう少しの辛抱です! 治癒術師の方に怪我を治してもらいましょう。元気になったらまた、ボクたちと冒険を……あれ、聞いていますか、シグさん?」















「シグさん……?」













 ……………………



 ………………



 …………



 ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る