5-14、決着を!


 片足を崩された百腕岩石巨人ヘカトンケイルの体がぐらつき、傾いた。そこに明確な隙が生まれる。

 この一瞬を逃すわけにはいかない。これが最後の好機チャンスだ!


「お前たち、よくやった! あとはオレに任せて後ろに下がれ!」


 オレが叫ぶと、リースたちは満身創痍の体を引きずって百腕岩石巨人ヘカトンケイルから離れていく。

 リースとすれ違う時、オレは彼女の藍色の髪をそっと撫でた。リースは少しだけ立ち止まり、オレを見る。


「シグさん……信じてます!」


 その言葉に、オレは片腕を上げて応えた。

 それだけで、全てが伝わることを願って。


 こいつらの成長は、本当にオレを驚かせてくれる。少し目を離しただけで、どんどん大きくなっていく。

 もしかしたら、それはリースたちだけのことではないのかもしれない。無我夢中に走り続ける若い奴らの成長速度は、オレたちの想像を遥かに上回っていく。


「なぁ、ベレス。うちの勇者たちはすげえだろ? あれでまだ、冒険者になって数ヶ月くらいなんだぜ。嫌になっちまうよなあ、若い奴らの成長の速さを前にすると」


 走りながら問いかけるが、ベレスは沈黙する。オレは構わず続けた。


「なぁ、ベレス……オレたちの時代は終わったんだ。終わったんだよ。いつまでも過去に囚われて、次の世代に迷惑を掛けてんじゃねえ!」


 オレは最後の〈黒狼天爪〉を、無防備な胸部に放った。黒の斬撃は亀裂に突き刺さり、岩石の体を砕いていった。

 岩の破片が飛び散り、内部からベレスの体が姿を現す。


 どうしたって開かねえ堅い扉。

 ガンゴンガンゴン叩き続けて、ようやくオレはこじ開けた。だけど、それはオレだけの力じゃ無理だった。リースが、ユイファンが、フィオが、仲間がいたからできたことだ。

 ひねくれ者のオレだけど、素直にそう思う。


 百腕岩石巨人ヘカトンケイルの巨体から投げ出されたベレスが、空中でオレを睨んできた。ようやく、オレを敵だと認識してくれたみたいだ。


 その視線から敵意が伝わってくる。

 対等な相手へと向ける、純粋な敵意が。


「時代が終わったと言うのならば、私の仲間はなぜ死ななくてはならなかったのだ! ウォルシュは、アイネは、クーゲルは、リリは、シャルムは、なぜ死んでいったのだ! その死に何の意味もなかったと、貴様は愚弄しようというのか! シグルイ=ユラハ!」


 ベレスが叫んだ。だから、オレは答えた。


「お前が生きてんだろうが!」


 オレの言葉に、ベレスがハッとした表情を浮かべた。


「お前の命は、お前の仲間が生かした命だ! お前だって、それくらい気づいているだろうが! お前が仲間の死を悼むと言うなら、お前は仲間たちに誇れる生き方をしなきゃいけなかったんじゃないのか⁉︎ 立派に生きなくちゃいけなかったんじゃないのか! 意味がほしいというなら……それが、お前の仲間がだろうが!」


 この言葉は、オレ自身にも向けた言葉だ。

 オレもオルテシアに命を守られていながら、そのことから目を逸らして生きてきた。こんなこと言える立場じゃないのはわかっている。だけど、言わなくちゃいけないんだ。叫ばなくちゃいけないんだ。

 それが、オレが今ここに生きている意味だから!


「……認めよう、貴様の言うことにも一理あると。だが、止まるわけにはいかんのだ! 奴らの、魔人どもの異次元の強さには、こちらも狂った方法で立ち向かうしかないのだ! それができるのは私しかいない! 私がやらねばならんのだ!」


「ああ、そうかい! あんたの言うことも理解できるぜ。だけど賛同はできねえ! 敵がどれだけ強大だろうと、次の世代の奴らはきっと成長して立ち向かってくれる。オレはその可能性を信じたい。いや……信じてる!」


「どこまでも平行線だな。もはや我らに言葉はいらぬ!」


「残念だがそうみたいだな。だったらオレたちに残された道はただ一つ……!」


 オレが言った


 ベレスが言った


 あるいは、どちらの声も同時に放たれたのかもしれない。


 時代に取り残されたかつての冒険者たちの声は、重なって一つの叫びとなった。





「「今ここで決着を!!」」





 オレは短剣ダガーを逆手に構えて、刃を引いた。空中を落下するベレスは全身に岩の鎧を纏い、オレを潰しにかかってくる。

 残る力を振り絞り、オレは地面を力強く蹴った。落ちてくるベレスを迎え撃つように刃を振るう。


 刃と、拳が交差した。


 打撃を受けた腹部に衝撃が走り、オレは口から血を吐く。強烈な一撃だ。だが——それ以上に確かな手応えがあった。


「なるほど……これが貴様の死に様か」


 ベレスが小さく呟く。

 次の瞬間、ベレスの体から大量の血が吹き出した。地面に仰向けに落ちて、真っ赤な血の花を咲かせる。

 着地したオレは、ベレスの体を斬り裂いた刃を軽く振るって血を落として納剣する。首だけ振り返って、岩の勇者に向けて言い放った。


じゃない、だ」


 カチン、と刃を鞘に戻す乾いた音が戦場に響いた。

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