5-13、彼女が振るう剣の名は


 戦いながら、一つだけわかったことがある。

 どうしてオレが初めに〈黒星死狂〉を使った時に、失敗してしまったのか。


 あの時、オレは自分の汚れた過去を晒されて、もうどうにでもなれとやけっぱちになっていた。あの場から消えたいと、死んで楽になりたいと、そんなことを考えていたんだ。


 今は違う。

 受け入れてくれる奴らがいて、どうにかこうにか前を向くことができている。


 死んでもいいと思うだけではダメだ。と決めた時、オレの死狂シグルイは初めて輝きを放つ。


「いいか、距離を取って戦え! 奴が降らせてくる岩石の雨は、離れた場所までは届かない。粘り強く隙を伺え!」


 オレは鋭い声で、3人に指示を出した。

 気をつけるべきは、天から降り注ぐ岩石の雨だ。あれを喰らえば、軍隊すら一溜まりもない。


「了解です! シグさんはどうするんですか?」


 リースが手を挙げて尋ねてきた。


「オレは秘密の計画が進行中だ。百腕岩石巨人ヘカトンケイルの胸部の亀裂を広げて、ベレスを中から引っ張り出す計画のな」


 どうしたって開かない固い扉を、ガンゴンガンゴン叩き続けてようやくヒビが入った。あとはそいつを広げてこじ開けるだけだ。

 ようやく、あのデカブツを倒す希望が見えてきたんだ。この好機は逃さねえ。


『愚物が何匹群れようが、所詮愚物なのだ! もはやリースレインの力にも興味はない。まとめて潰れてしまえ!』


 ベレスが叫び、百腕岩石巨人ヘカトンケイルが巨大な手を広げた。その合図とともに天上から岩石が降り注いでくる。

 岩の雨の攻撃範囲は、広いが決して遠くまでは及ばない。奴の体の周囲だけだ。

 だが、百腕岩石巨人ヘカトンケイルは同時に進行を始めた。周囲に岩石の雨を降らせながら、その巨体が前へ前へと進んでくる。


「ユイちゃんとフィオちゃんは左に回って! ボクは右手側から攻めるよ!」


 リースが指示を出す。機動力に劣るフィオをユイファンが背負って、百腕岩石巨人ヘカトンケイルの向かって左側に逃げ始めた。リースは逆に右方向に走り始める。

 そしてオレは……正面から突っ込む!


「何回も何回も同じ技を使いすぎなんだよ! すっかり目は慣れたぜ!」


 落ちてくる岩石の隙間がはっきりとわかる。オレは岩の雨を掻い潜り、百腕岩石巨人ヘカトンケイルに迫っていく。


『そんなことは承知の上だ! 私を舐めるな、シグルイ=ユラハ!』


 岩の巨人が拳を振り下ろした。地面が割れ、あたりに地響きが鳴る。

 その間も岩石の雨は止まらない。攻撃は激しさを増していく。百腕岩石巨人ヘカトンケイルがその巨体を十全に活かし始めた。


職能アーツ〈黒爆結晶〉!」


 オレは結晶を生み出すと、周囲にばら撒いていく。黒の閃きとともに爆発が起こり、煙が広がっていく。

 煙を目くらましにして、オレは姿を隠した。


『小賢しい! 姿が見えぬのなら、見える範囲全てを制圧すれば良いことだ!』


 岩石の雨が勢いを増す。さらに百腕岩石巨人ヘカトンケイルは腕を横に薙ぎ払ってきた。

 くそっ、確かに薙ぎ払いそいつをされたら姿をくらましても意味がねえ。オレはベレスに背を向けて後退するしかなかった。

 オレが逃げた後で、巨腕が空間ごと削り取っていく。


 硬い

 固い

 堅すぎる!


 事ここに及んでも、岩盤を崩す想像ができない。ベレスの守備は鉄壁だ。

 こうしている間にも〈黒星死狂〉の時間制限リミットは確実に近づいている。打開策を見つけねえと……!

 オレが焦りで短剣ダガーを強く握りしめた時だった。


「火霊術〈炎ノ砲〉」


 煙と土埃を切り裂いて、火炎球が百腕岩石巨人ヘカトンケイルの胸部に向かって一直線に飛んでいく。術の先では、ユイファンに背負われたフィオが杖を掲げていた。

 百腕岩石巨人ヘカトンケイルは手のひらを広げ、フィオの炎の術をあっさりと防いだ。


『フン、どいつもこいつも小賢い真似を。貴様の狙いはわかっているぞ、リースレイン!』


 百腕岩石巨人ヘカトンケイルが頭上を見た。真上では、黒雲が渦巻き稲光が走っている。

 リースの勇極戦技ブレイブアーツ〈天破雷斬〉の下準備だ。


『小娘の術を囮にして勇極戦技ブレイブアーツを私に当てようとしたのだろうが、全てお見通しだ!』


 ベレスが高笑いをして、百腕岩石巨人ヘカトンケイルの両腕を頭上で交差させる。あれだけ念入りに防がれたら、いくら威力の高い〈天破雷斬〉でも奴の体には届かない。


 あいつらもよくやってくれが、ここまでだ。


 そう、思っていた。


 そう、諦めていた。


 だが——


『うん……?』


 ベレスが怪訝そうな声を上げる。

 雷は黒雲の中で光っているばかりで、いつまで経っても落ちてこない。戦場に静止した時間が訪れた。




「かかったね! その雷はただの見せかけ、ただの囮だよ! さっきの一撃が、ボクの雷の力の限界だったんだ。だけど、ボクたちの剣はまだここにある!」




 静寂を切り裂き、リースの声が響く。

 剣を構えた少女勇者が、煙を突き破って百腕岩石巨人ヘカトンケイルに迫っていく。


 そうか。あいつは勇極戦技ブレイブアーツそのものを囮に使ったのか。雷の力は目立つ。そこを逆手に取って、奴の注意を上に向けたんだ。


 だが、その先であいつらは何をやろうとしているんだ?

 逆に言えば、百腕岩石巨人ヘカトンケイルに傷をつける最後の手段が〈天破雷斬〉だったんだ。そいつを使わず、一体あいつらは何をしようとしているんだ??


「これが、フィオの全力。いざ顕れよ——火霊術〈火炎ノ破弓〉」


 フィオが持つ杖の先で炎が渦巻き、収束していく。炎は巨大な一本の矢となった。

 炎の矢は宙を駆け抜け、百腕岩石巨人ヘカトンケイルの右足に刺さる。直後、炎が爆ぜて怪物の巨体がぐらりと揺れる。


「……行って、ユイ」


 力を使い果たしたかのように、フィオはユイファンの背中から落ちていった。身軽になったユイファンは、フィオの言葉に頷き真っ直ぐに駆けてゆく。

 格闘士セスタスの少女が向かう先は、フィオの火炎の矢が刺さった百腕岩石巨人ヘカトンケイルの足だ。


「さて、自分もとっておきを見せるっスよ! ローエン流奥義ノ技〈狼牙激震王〉!」


 ユイファンが纏う気配オーラが獣のごとき荒々しいものに変わっていく。半人狼ハーフウルフの力が暴走した時のようだ。

 獣の気配オーラを拳に集中させると、ユイファンは勢いのままに一撃を叩き込む。空気が震え、狼の遠吠えのような轟音が響いた。

 百腕岩石巨人ヘカトンケイルの足が、さらに崩れていく。


「行くっスよ、リース!」


 着地の姿勢も取れないまま落下していくユイファンが声を張り上げた。

 最後に現れたのはリースだ。剣を両手で握り、切っ先を下げて戦場を駆け抜けて行く。


職能アーツ〈戦刃硬化〉!」


 リースの持つ剣の刃が黄土色に光り、強靭に硬化していく。


「ボクたちの狙いは、最初からシグさんの道を作ること! シグさんがあなたを岩の中から引っ張り出すと言ったから、ボクたちはそれを信じて精一杯できることをやるんだ!」


 上空から岩が降り注いでくる。〈天破雷斬〉の囮に気を取られていたベレスが、岩石の雨を再開させたのだ。

 リースはなんとか岩を掻い潜り、百腕岩石巨人ヘカトンケイルの足に近づいていく。


『無駄だ! そんなちっぽけな刃で、我が百腕岩石巨人ヘカトンケイルを斬り崩せるものか!』


「そのちっぽけをいくつも重ねて、ボクたちは一本の剣を作る! “結束”って名前の剣をね! その刃を、今——あなたに届かせる!」


 ベレスの言葉に答えたリースが剣を引き、思い切り百腕岩石巨人ヘカトンケイルの足に叩きつけた。


 巨岩にヒビが入り、やがてそれは大きな亀裂となった。破砕音とともに、岩の巨人の足が砕けていく。

 フィオの術と、ユイファンの技と、そしてリースの剣が百腕岩石巨人ヘカトンケイルの巨体の一部を削り取ったのだ!


 剣を振り終えたリースが、顔だけオレの方を向いてニッと笑顔を見せてきた。


「さぁ、道は作ったよ。行って、シグさん!」


 その言葉を聞いて、オレの体は自然と駆け出していた。


 最後の一撃を


 仲間たちの思いを


 その先へ届かせるために——!

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