5-12、最終局面


 敵は強大。

 自分は死にかけ。

 おまけに頼みの綱の〈黒星死狂〉も練度不足で時間切れ間近。

 ははは……どうしようもなさすぎて涙が出てくるわ。


 だけど


「だけど……」


 それでも


「それでも……!」


 オレは自分の頬を引っ叩き、無理やり顔を上げた。


「それでも、オレは!」


 空を飛ぶ偽竜ドレイクを見つけると、オレは〈黒鎖鋼線〉を伸ばしてそいつの体を絡め取った。地上に引きずり落とすと、五指をその体に突き刺す。


「黒の塵を寄越しやがれっ!」


 偽竜ドレイクの体が崩れ、黒の塵と化していく。オレはその塵を腕から吸収していった。

 黒の塵が供給されたことで、肉体の修復が再開する。体の痛みが引き、力がまた戻ってくる。これでまだ、オレは戦える……!


『ずいぶんと必死だな』


 百腕岩石巨人ヘカトンケイルから、オレをあざ笑うベレスの声が聞こえてきた。

 オレは震える膝を叩き、虚勢を張って叫ぶ。


「ああ、そうだよ、必死なんだよ。何度も何度も心が折れるくらい必死なんだよ! そうでもしなきゃ、オレは戦えない……そうでもしなきゃ、オレはお前に勝てないんだからな!」


『此の期に及んでまだ勝つなどという言葉をほざくのか。この歴然たる力の差を前にして、それでもなお勝利を信じるというのか! 貴様の勝機など、塵芥も存在せんわ!』


 振りかざした巨腕から、無数の岩石が雨のように落下してくる。

 力の差? そんなものは百も承知だ。

 勝機がない? 勝手に決めつけるな!


「オレを……舐めんじゃねぇええええ!!!!」


 叫び、オレは天上から降り注ぐ岩石の雨に真っ直ぐに突っ込んでいく。〈黒風旋回〉で宙に足場を作り、進路を塞ぐものは〈黒爆結晶〉で爆破して突き進んでいった。

 多少の岩石は食らう。爆発の余波も受ける。だが、自分が傷つくことも構わず、今はただ前へ前へと進み続ける!


 オレは再び、百腕岩石巨人ヘカトンケイルの胸部の高さに到達する。そこにはオレが先ほどつけた亀裂が残っていた。


「もう一回喰らいな、〈黒狼天爪〉!」


 オレはその亀裂目掛けて、短剣ダガーから放った黒光の斬撃をぶち込んでいく。目に見えて、亀裂は大きく広がった。


『くだらん……! 貴様は愚行を繰り返そうというのか⁉︎』


 空中にいるオレ目掛けて、百腕岩石巨人ヘカトンケイルの体から生えた岩の腕が襲いかかってくる。


「何度でも、何度でも、繰り返してやるさ! どうしても開かねえ固い扉も、ガンゴンガンゴン叩き続けて、最後にはぶち破ってやる!」


 さっきはこの腕に不意を打たれて深手を負ってしまった。追撃はせず〈黒風旋回〉で空中に作った足場を蹴って、攻撃範囲から逃れる。

 一瞬一瞬が選択の連続だ。しかもそいつを間違えた瞬間に、オレの命はかき消される。


 このヒリついた感覚は嫌いじゃない。


 死を前にしてようやく生きている感覚を得られるオレは狂ってるか? 狂ってんなあ!


 だから——飛ばすぜ!


「〈黒狼天爪〉!」


 空中で体を反転させると、再び百腕岩石巨人ヘカトンケイルに接近。黒き斬撃を叩き込む。岩石の体に刻まれた亀裂は、さらに広がった。

 少しずつ、少しずつオレは奴の実体に近づいている。

 あとちょっとなんだ。あとちょっとで、オレの刃は奴に届く……!


『今度こそ勝ちを急いだな。貴様の体は隙だらけだ!』


 百腕岩石巨人ヘカトンケイルの体から大砲のような筒が生えて、そこから岩石の砲弾が発射される。

 空中に浮かんでいたオレは直撃を喰らい、平衡バランス感覚を失い落下していく。そこへ無数の岩の腕が追撃をかけてきた。


「っ……! 〈黒鎖鋼線〉」


 オレは光る陣から生み出した10本の鎖を操り、岩の腕を絡み取っていく。だが、どうしても3本だけは防ぐことができない。

 3本の岩石の腕が、オレの体を破壊しようと迫ってくる。


 いいぜ、何度でも受けてやる。その度に立ち上がって、いつか必ずオレの刃を届かせてやる!


 襲いくる痛みを覚悟した、その時——




「火霊術〈火炎ノ砲〉」


 飛来してきた火球が、1本の腕に直撃し爆発した。壊れた岩がいくつもの塊になって崩れていく。


「空撃〈豪堕牙〉!」


 続いて、真上から来た衝撃が岩の腕を破壊する。砕け散った岩は、下方へ落下していった。


「雷鳴の轟きを聞け! 勇極戦技ブレイブアーツ〈天破雷斬〉!」


 そして突如として天空に生まれた黒雲に稲光が走り、一筋の雷が落ちて最後の1本の腕を粉々に砕いていく。

 追撃して来た岩の腕が全て破壊され、オレは無事に地面に落ちる。起き上がろうと顔を上げると、オレに向かって差し伸べられた手が目に映った。


「さぁ立って、シグさん。ボクたちも一緒に戦うよ! だって、ボクたちは仲間なんだからね!」


 そこには——オレが石の牢獄から助け出した少女勇者リースが笑っていた。

 隣には拳を打ち鳴らすユイファンと、杖を持ったフィオの姿もある。


「何ができるかなんてわからないっスけど、足だけは引っ張らないつもりっス」


「だから一緒に戦わせて。フィオたちも」


 逃げたとばかり思っていた。


 オレの指示通り、安全な場所まで引いてくれたのだと思っていた。


 だが、こいつらはオレの言いつけを守らなかったばかりか、ボロボロの体で戦場に戻ってきやがった。


 ちくしょう! なんのためにオレは命を懸けて戦ってるんだと思ってるんだ。お前たちを守るためなんだぞ——そんな文句が口から出かかったが、つばと一緒に飲み込んだ。不思議なことに、心の底から喜びが湧き上がってきたからだ。


 こいつらが、オレを仲間と思ってくれたことがたまらなく嬉しい。

 こいつらが、どんどん大きくなってくれていることが本当に嬉しいんだ。


「……足は引っ張るんじゃねーぞ」


 オレはぷいとそっぽを向くと、リースの手を取って立ち上がる。

 喜びと一緒に、勇気が湧き上がってくる。今ならば、どんな敵にも恐れず立ち向かうことができそうだ。


 数歩前に出ると、百腕岩石巨人ヘカトンケイルを前に腕を組んで立ちはだかった。さっきまで圧倒的な恐怖を感じていた敵が、少しだけ小さく見える。

 オレの後ろにはリースがいる、ユイファンがいる、フィオがいる。

 ただそれだけで、オレはもっと先へ歩き出せる。


「最終局面ラウンドだ。気張っていこうぜ」


 オレの言葉に、3人娘は「「「おー!」」」と声を合わせた。

 こいつらがいると、いまいち締まらねえんだよなあ……まぁ、それがいいんだけどさ。

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