5-11、百腕岩石巨人《ヘカトンケイル》


 このデカブツがどこから来たか、一つ心当たりがあった。

 いつかユイファンと初めて依頼クエストに行った、山奥の湖での出来事だ。そこではどこからか転がって来たのか巨大な岩が湖の水をせき止めていた。さらに、近くの村の者が夜空を背景にそびえ立つ巨人の影を目撃したのだという。


 多分、村人が見た巨人の影の正体は百腕岩石巨人ヘカトンケイルだ。ベレスはあらかじめあの場所でこの巨大な岩巨人ゴーレムを作り、湖の底に沈めて隠していたのだ。

 決戦の日まで、見つからないように。


 これで、全ての混沌ケイオスの欠片の秘密がわかった。あとは、それらの源流であるベレスを断つだけだ。


『裁きの一撃を喰らえ!』


 百腕岩石巨人ヘカトンケイルが動き出し、その腕を天上から振り下ろしてくる。まるで巨大な塔が空から降ってくるかのようだった。

 オレは全速で走ると体を投げ出し、なんとか巨腕の攻撃範囲から逃れる。背後で地面が爆ぜ、岩の拳が巨大な穴を作った。


「絡め取れ、〈黒鎖鋼線〉!」


 オレの周囲に光る円が生まれ、その中央から黒の鎖が伸びてくる。

 その数、10本。


 オレの指と同じ数だけの鎖が、地面にめり込む巨人の腕に巻き付いた。

 百腕岩石巨人ヘカトンケイルは腕を戻そうとするが、鎖に固定されて動きが止まる。黒の塵で強化した鎖は、そう簡単には解けやしない。


 その隙にオレは巨人の足元へ潜り込む。オレは短剣ダガーを鞘に収めると、両手の中にありったけの〈黒爆結晶〉を生成した。


「解体してやる、デカブツ野郎!」


 巨体を崩すには、まず足元から。オレは思いっきり〈黒爆結晶〉をばら撒いた。

 黒の爆発が炸裂する。外見上の傷はつかなかったが、巨体はわずかにぐらついた。奴も無敵じゃない。このまま崩してやる。


『愚かな……降り注げ、天の石』


 百腕岩石巨人ヘカトンケイルが自由なままの左腕をかざした。突如として空が黒く染まり、そこから無数の岩の塊が雨のように降り注いでくる。

 それはまるで、世界の終わりみたいな光景だった。


「う、おぉおおおおお!!!!」


 オレは天上から落ちてくる岩の塊を死に物狂いで回避していく。降り注ぐ岩石は周囲の建物を次々と破壊していった。破壊の轟音が戦場に響き渡る。


 一瞬でも気を抜いたら死ぬ。


 身体中から汗が噴き出す。呼吸をするわずかな時間もない。


 諦めずに目を見開け。勝機はきっと、どこかにある!


職能アーツ〈黒風旋回〉!」


 オレは黒く染まった風を生み出し、空中に足場を作る。見えない足場を駆け上がり、降り注ぐ岩の雨の隙間を掻い潜る。


 視界が開けた。目の前には、百腕岩石巨人ヘカトンケイルの巨大な体がそびえ立っていた。

 ベレスは、巨人の心臓部に収まりこの巨体を操っている。ならば、奴を引きずり出せば百腕岩石巨人ヘカトンケイルの動きも止めることができるはずだ。


「頼むぜ、〈黒狼天爪〉!」


 オレは短剣ダガーを抜き、空中で刃を振るう。そこから死神の鎌のごとき鋭い斬撃が生まれ、岩の怪物の胸部に爪を立てる。

 初めて岩の巨体にヒビが入った。


「いけるぞ……! 喰らえ、もういっちょ!」


 オレは落下しながら、もう一度短剣ダガーを振るおうとする。

 だが、その追撃は悪手だった。

 百腕岩石巨人ヘカトンケイルの体から無数の岩の腕が生えて宙にいるオレに一斉に襲いかかってくる。

 そうか、か! こいつの能力を見誤っていた!


「くそっ……!」


 岩の腕が次々とオレの体を蹂躙していく。

 左腕と右足を掴まれ、小枝のように握りつぶされた。砲弾のような勢いで放たれた岩の拳がオレの胸部を穿って肋骨を砕いていく。


 全身に激痛が走る。

 油断をすれば一瞬だ。たったの数秒でオレの体は破壊されていった。

 職能アーツを発動する意識もないまま、オレは力なく地面に落下して何度も跳ねる。


 だが、どれだけ傷つこうがオレの体は〈黒星死狂〉の力で修復できる。もちろん、それは黒の塵を使った仮初めの修復だ。技が解ければ、傷はまた元の状態に戻ってしまう。

 今はそれでいい。どれだけ傷つこうが、戦い続けることができればそれでいい……!


「まだだ……まだオレは……!」


 黒の塵が体にまとわりついてきて、傷を埋めていく。

 〈黒星死狂〉が解けた時——それはオレが死ぬ時だろう。だけどそれでいい。たとえオレの命に代えても、こいつは止める。

 それが、みっともなく生き残っちまったオレの使命だから——


「⁉︎ なん、だ……!」


 体を修復している途中に、突然オレは咳き込んだ。口を抑えた手を見ると、赤い血がべったりと付着している。

 なぜだ? 黒の塵の力で、オレの傷は修復されているはず。オレは、死ぬことはない不死身の兵士になったはずだった。

 だが、体の修復は一向に再開されず、体から急速に力が抜けていく。


「まさか……塵が足りねえのか……⁉︎」


 魔物の体を構成する暗黒物質、黒の塵。そいつを操り自分の体に塗りたくる終極戦技ファイナルアーツ〈黒星死狂〉。

 あまりに久しぶりに使ったからか、その効果が早くも消えようとしている。約束の時間が過ぎて、魔法が解けていくように。


 見上げれば、そこには遥か巨大な怪物百腕岩石巨人ヘカトンケイルがほぼ無傷の状態でそびえ立っている。


 本当に勝てるのか、オレは。この怪物に……?

 徐々に絶望という暗雲が、オレの心の中に広がっていった。

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