5-10、分かたれた道


 ベレスは力尽きた。

 これで、狂気の戦争パレードは止まるはずだ。ようやく暗闇の終わりが見えてきた。


「オレの勝ちだ、ベレス。今すぐ全ての魔物の支配を解き、全ての岩巨人ゴーレムを解体しろ」


 オレは、倒れたベレスに短剣ダガーの切っ先を突きつけて告げる。

 もはやベレスに戦う力は残されていない。決着はついたのだ。だが、胸騒ぎが治らないのはどうしてだろう?

 まだ何かがあると、本能が警告してくる。


「くっくっく……貴様の勝ちか。まだ私は生きているぞ? 完全な止めを差す前に勝利の宣言とは、気が早いな」


 どこにも戦う力は残っていないはずなのに、ベレスは不敵に笑う。


「少しでも変な動きをしてみろ。すぐにお望み通りに聖樹ユグドラのもとへ送ってやるぜ」


 戦いの中で命を落とした冒険者の魂は、聖樹ユグドラの根元で傷を癒され、再び世界の中へ還っていく。イサナ教の言葉を引用したつもりだったが、ベレスはおかしそうに笑い声をあげた。


「この私の魂が聖樹ユグドラのもとへ行けるだと? 笑わせるのは大概にしろ。この汚れた魂が、勇敢に戦い散っていった仲間たちと同じ場所になど行けるものか」


 ベレスは今、自分のことを汚れた魂と言った。

 やはりこいつは、自分の行動が狂気によるものだと理解していた。正義の執行だと口では言っていながら、心の中では自分は悪だとわかっていたんだ。


「だが、それでも……止まることなどできん。止まるつもりもない。一度放たれた矢は、飛び続けるしかないのだ!」


 横たわるベレスの右手が光を放った。勇者の証である『一輪の紋章』の力を使おうとしているのだ。

 地面から数本の岩の槍が突き出し、オレの体を貫こうとする。オレはとっさに後方に跳び、そいつをかわした。


 その間にベレスは立ち上がり、今にも倒れそうな足取りで逆方向へ歩いていく。その足元には真っ赤な血が滴り落ちていた。


「待て、ベレス!」


 飛びかかろうとしたオレに向けて、空から数匹の偽竜ドレイクが襲いかかってくる。舌打ちをしたオレは、短剣ダガーを振るって魔物どもを斬り払った。

 気が付けば、オレは周囲を岩巨人ゴーレムたちに取り囲まれていた。どうやらベレスは残った戦力を全てこの場所に集めたらしい。

 こんなことをしても、足止めにしかならないのは奴もわかっているだろう。だが、ベレスはどこかへ向かうように歩き続けていく。


「待っていろ、皆……私は必ずやり遂げる。必ず魔界へ侵攻し、お前たちの無念を晴らしてやる。大義の前に犠牲はつきものだ。誰かがやらねばならぬのだ……たとえ、この手を血に汚したとしても……!」 


 ベレスは血を撒き散らしながら、それでも一歩一歩進んでいく。街の外れ、見上げるような高い城壁がそびえ立つ方向へと。

 その歩みには、確かな意志が感じられた。あいつは逃げようとしているのではない。何かをしようとしているのだ。


 ベレスをこのまま行かせるわけにはいかない。だが、オレの前には傀儡の軍団が立ちふさがっている。


「めんどくせぇなぁああああ!」


 オレは大量の〈黒爆結晶〉をばら撒いて、岩巨人ゴーレムどもを破壊していく。爆発の余波がオレの体を焼くが、大した問題ではない。〈黒星死狂〉の力で、無理やり傷を治していく。

 だが、如何せん数が多い。オレが処理に手間取っている間にも、ベレスは着実に進んでいく。


「こいつで終わりだ……!」


 オレの前に立ちふさがっていた最後の一体の岩巨人ゴーレムが倒れ、地面に沈んだ。同時に、足元を揺るがす地響きがあたりに広がる。


 その地響きに、オレは何か違和感を感じた。

 岩巨人ゴーレムが倒れた衝撃は、こんなにも大きいものだったか?

 続いて、もう一度巨大な地響きが地面を揺らす。周囲には岩巨人ゴーレムが倒れた形跡はない。もっと大きな何かが、この地響きを生み出しているんだ……!


 ベレスを追いかけようと一歩踏み出した時、オレは信じられないものを見た。爆発音とともに城壁が砕け、その向こうに山のような巨大な影が現れたのだ。


「マジ、かよ……!」


 山のような影の正体は、今までのものと比較にならない巨体を誇る岩巨人ゴーレムだった。

 神話の中で語られる巨人タイタンのごとき存在感だ。その姿を目にするだけで圧倒されてしまう。


「ただの勇者ではない。4枚花の……それも岩の勇者たる私自身が動力源となれば、一体どれほどの力を持った岩巨人ゴーレムが生まれると思う?」


 ベレスが巨大岩巨人ゴーレムの足元に立ち、オレを見て尋ねてきた。


「これこそが我が最後の切り札……全てを終わらせる究極の怪物百腕岩石巨人ヘカトンケイルだ!」


 ベレスの体が黄土色の光に包まれ、空中に浮かんでいく。丸い光の球体となったベレスの体は、百腕岩石巨人ヘカトンケイルの心臓部に取り込まれていった。


 黄土色の光が完全に岩の中に埋め込まれたかと思うと、巨体に光の筋が走り、全身を覆っていった。誕生を喜ぶかのように、百腕岩石巨人ヘカトンケイルがその両腕を天へと突き上げる。


『これが、私が出した答え……この力で、私は叛逆するのだ……!』


 百腕岩石巨人ヘカトンケイルからベレスの声が響いてきた。

 勇者を岩巨人ゴーレムの動力源としたように、ベレスは自分自身を百腕岩石巨人ヘカトンケイルの核にした。そうなれば、どれだけの力を持った岩巨人ゴーレムが生まれることだろうか。


「はぁ……やれやれ」


 オレは天にも手をかけんという怪物を見上げて、ため息をついた。

 殺そうと思えば、もしかしたら殺すこともできたかもしれない。だが、間髪入れずにとどめを刺そうとしなかったのは、もしかしたら奴が思い直してくれるかもしれないという淡い期待があったからだ。


 だけど——


「お前はもう、止まらねぇんだな」


 かつては、共に戦う同志だった。


 同じ恐怖を経験し


 同じ悲しみを味わったはずだった。


 だけど、オレたちの道はどうしようもなく分かたれてしまった。もはや交わることなんてできないほどに。


 いいぜ、乗ってやるよ。それがお前の望みだってんなら。


「最後の決着をつけようぜ、ベレス! 無職オレ勇者お前の、どっちが強いか……そろそろはっきりさせようじゃねぇか!」


 応えるように、百腕岩石巨人ヘカトンケイルが天地を揺るがす低い咆哮をあげた。

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