5-9、世界を作るもの
ベレスは復讐をしようとしている。
自分の仲間を奪った魔界に対してだけではない、守られて当たり前だと考えている普通に生きる人々にもその怒りは向けられた。
なぜ、こいつらのために自分は命を懸けて戦わなければならなかったのかと
なぜ、こいつらのために自分の仲間はあの地獄で散っていったのかと
怨念が奴の中で渦巻いている。
知った風に断言しているのは、オレも同じことを考えたことがあったからだ。
なんでもない日常を過ごす奴らを前にして、なぜ名も知らない奴らのためにオルテシアは死ななければならなかったのかと思い悩んだ。
ベレスは、そいつらを巻き込んで魔界へ侵攻する尖兵にするつもりだ。
それが、奴の
「どうだ、シグルイ=ユラハ。お前も魔界で仲間を失った者の1人だ。我が軍門に下るならば、命は助けてやろう」
ベレスがこちらへ腕を差し出し、言った。
「……オレに、お前の悪事の片棒を担げってのか?」
「悪事ではない、正義の執行だ。そうでもしなければあの強大な魔人を倒すことなどできない。私は、貴様に復讐の機会を与えようとしているのだぞ」
確かに、ベレスの計画に乗れば魔人へと刃が届きうるかもしれない。
オレだって、復讐の気持ちがないわけでもない。オレから全てを奪った奴らを斬ることができるのなら、どれだけ気が晴れるだろうか。
だが——
「そんなもん、クソくらえだ」
「そうか。ならば死ね」
空中に浮かぶ巨岩が、三つまとめて降り注いでくる。
横に跳んで避けるのは不可能だ。だからオレは〈黒風旋回〉で空中に風の足場を作り、岩と岩の隙間をギリギリでくぐり抜ける。
「お前のその計画は、力を持たない人たちに戦いを強いる狂った行為だ! 同調なんてできるわけねぇだろうが!」
「世界の危機を前にしても戦うことをせず、他人に命運を委ねて生きる者などただの家畜だ! 家畜どもに鞭を打ち、走らせることの何が悪い!」
ベレスが自分の足元に岩の足場を生み出し、空中にいるオレを叩き落としに来た。岩の鎧を纏った腕が振り上げられ、オレは
「世界の危機だぁ? 別に、武器を振り回すだけが戦いじゃない。普通に生きてる奴らだって、毎日必死に戦ってるんだ……!」
無職になったからこそわかったことがある。
普通に起きて、普通に働いて、普通に稼いで、普通に飯食って、普通に寝る。その普通を続けていくことの大変さが。
決して、冒険者のように華々しくはないかもしれない。だけど、店舗で、酒場で、農場で、牧場で、
「なぁ、ベレス……オレたちがどうして葡萄酒を飲むことができるか知ってるか?」
オレは刃の向こう側のベレスへ問いかけた。
こいつは、この街カーマヤオで飲む葡萄酒は格別うまいと言っていた。その言葉だけは嘘偽りがなかったように思う。
「葡萄酒だと? 貴様は何を言っているのだ」
空中を落下していくオレに、ベレスが追撃をかけてくる。
「口うるさい酒場の店員が言っていたぜ。農家の人がせっせと葡萄を栽培して、酒蔵の人が醸造して酒に加工して、商人が仕入れて、酒場の店員が運んできて……ようやくオレたちは葡萄酒が飲めるんだとよ!」
こいつの
「
オレは落下しながら空中で黒の鎖を5本生み出し、ベレスの体に巻きつけ固定する。これでオレが下、ベレスが上にいる位置関係を作り出すことができた。
「これでもう、お前は岩を落とすことはできねえ。自分にぶつかっちまうんだからなあ!」
「き、貴様……! 最初からこれが狙いだったのか! 空中に私を誘い込んだのは、このためだったのか!」
黒の鎖に自由を奪われたベレスが焦りの声をあげた。
空中では、自在に巨岩を操る〈天地震岩〉を使うベレスが圧倒的に有利だ。奴もそれを理解しているから、空に逃げたオレを追ってきたのだろう。
だが、ある瞬間に限って巨岩の動きを封じることができる。それが、岩とオレの間に
「知らねえようだから教えてやる……世界はな、誰かの労働でできているんだよ!」
オレは
「
刃から発生した黒い光が巨大な爪となり、ベレスへと襲い掛かる。死神の鎌のごとき爪は岩の鎧を砕き、ベレスの体を斬り裂いていった。
「が、ぐぁああああああ!!!!」
傷を負ったベレスの体から血が吹き出し、真下にいるオレに降り注ぐ。無茶な体勢で刃を振るってしまったオレは、背中から地面にぶつかった。
続いて、ベレスの巨体が落ちてくる。落下した地面には、血が広がり赤い花が開いたようになった。
空中に浮かんでいた三つの巨岩が力を失い、隕石のように降ってくる。巨岩は地面にぶつかると、爆発を起こして粉々に砕けていった。地響きが起きて、かろうじて残っていた建物が倒壊していく。
オレは倒れたベレスの元まで歩いていくと、仰向けに転がる岩の勇者に向けて言った。
「……たとえ仮初めの平和だったとしても、お前がそいつを壊しちまったら、オレたちが戦った意味が本当になくなっちまうだろうがよ」
大した成果は上げられなかったかもしれない。だが、あの戦いは人々が普通に生きることができる平和な時を生み出したのだ。
たとえそれがわずかな時間だったとしても、確かに意味はあったのだと。
オレはそう、願っている。
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