5-8、ベレスの答え
“岩”の強さは圧倒的な質量で押しつぶすことだ。
単純明快、故に強い。
その岩の強さの真骨頂とも言える力が、今まさにオレに牙を剥いている。
「やっべえな、これは……!」
空から、巨大な岩が高速で降ってくる。押し潰される想像をして、恐怖で全身が総毛立った。オレは〈黒星死狂〉で強化した身体能力で地面を蹴り、巨岩の範囲から脱出する。
直後、地面が揺れた。砂煙が舞い上がり、オレが立っていた場所には巨大な岩が半ばまで地面にめり込んでいた。
「シグルイくん!」
ユイファンが鋭い声でオレの名前を呼んだ。
「いいからお前らは遠くに逃げろ! 巻き込まれちまうぞ!」
冗談抜きで、この戦いが終わった頃には周囲一帯は更地になってしまっているだろう。それだけの攻撃範囲! それだけの破壊力!
落下してきた巨岩はすぐに浮き上がり、重力を無視してオレがいる方へ真っ直ぐに飛んでくる。
こんなもの、まともに受けたら一撃で死ぬ。〈黒星死狂〉による治癒だって間に合わない。
「
オレの周囲に黒く染まった風が吹き荒れ始める。
跳びあがると、空中に作った風の足場を駆け上がり、迫る巨岩のさらに上を行く。まるで背中に翼が生えたみたいだ。それほど自由に、オレは宙を駆けている。
「空に逃げ場などあると思うな! 天も、地も、揺るがすからこその〈天地震岩〉だ!」
空中に浮かぶ残る五つの岩のうち、二つが挟み込むように左右から飛んできた。
さらに上に跳んで逃げるか? それとも下へ落ちていくか? いや、それでは自分から逃げ場を狭くしてしまうだけ。だったら、進むべき道はより死へ近い方向だ!
「〈黒爆結晶〉」
オレは両手の中に一つずつ、黒く光る結晶を生み出す。形になった瞬間に、オレは間髪入れずに結晶を両側面から迫る巨岩に向けて投げつける。
黒の結晶は、岩に着弾すると同時に爆発を起こす。雷が落ちたような轟音が響き渡った。爆発の衝撃は巨岩を砕き、細かな無数の石へと還してしまう。
漂う黒の煙を突き抜けて、オレは上空から地上に立つベレスに襲いかかった。
「この……死に狂い者がぁ!!!!」
「だからそう言ってんだろうがぁあああああああ!!!!」
激突する。
オレが持つ
ベレスの目は狂気に満ちていた。だが、こうして間近で見るとその奥に深い悲しみが伝わってくるように感じた。
「なぁ、ベレス……オレはお前の意図が読めねえ。お前の目的は破壊そのものじゃないな? 一体何を企んでやがる。お前のパレードは、一体どこに向かおうとしてるんだ……?」
「それを知ってどうする? これから死にゆくだけのお前が!」
真上から圧倒的な気配を感じて、オレはとっさに飛び退く。ベレスが操る巨岩が、オレの立っていた場所を押しつぶしていった。
武器を構え直し、オレはベレスに問いかける。
「オレはさっきまで、お前は魔界遠征で全ての仲間を失って自暴自棄になってこんなことをしでかしたんだと思っていた。だけど、違う。お前の目には、はっきりと向かう先が見えている。だからこそ恐いんだ。真剣に狂ってる奴が一番恐い……!」
オレはベレスに迫ると、逆手に構えた
勢いは止めない。さらに前に出て、オレは
「私は、お前に今の世は平和かと問うたな……シグルイ=ユラハ。それが答えだ!」
ベレスが力任せに腕を振り払い、オレの体は跳ね飛ばされる。
すぐに立ち上がると、防御姿勢を取る。だが、ベレスは追撃をかけることなく、両腕を広げて空を見上げていた。
空を見上げ、叫んでいた。
「なぜ、ただ日々を生きるだけの愚者どもの平穏を守るために我らが命を懸けなければならん! なぜ、何も知らず家畜のように生きる愚者どもの生活を守るために私の仲間は死ななくてはならなかったのだ! そんな理不尽は決して許されぬ。世界の危機は、世の全ての人類で立ち向かうべきなのだ!」
ベレスの言葉に、思い当たることがあった。
こいつが冒険者崩れのごろつきに与えたのは、力を何倍にも増す変身の魔術。
こいつが勇者たちを動力源に作ったのは、痛みを知らぬ傀儡の兵隊
共通するのは、あらゆる者に戦う力を植え付けること。それらが指し示す答えとは——
「まずはこの街を制圧し、生きる者全てを兵士へと変える。次は隣の街だ。その街の者も、全て我が従順な兵士に変えていく。進軍を続けるごとに、我が戦列は膨れ上がっていく。進み続けた先に、我が軍はやがて辿りつくだろう……私から全てを奪った魔界へと! これが……我が
ベレスは笑っていた。
狂ったように笑っていた。
その姿を見て、オレは悟ったんだ。
仲間を失った悲しみから目を逸らし、現実逃避して生きてきたオレとは違う。ベレスは仲間の死に向き合い続けた。
向き合い続けて、狂うしかなかったのだと。
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