5-7、黒き星よ、絶望で輝け
『お前は自分の名前が嫌いか、シグ?』
オレがこの
『当たり前だろ。誰が死に狂うなんて意味の名前を好きになるんだよ』
『それは捉え方次第だ。“死中に活を求める”という言葉がある。死地にこそ生きる道があると言う教えだ』
『結局、死にに行こうとしてるんじゃねえか』
捻くれていたオレは、そんな風に答えたと思う。だが、オルテシアは首を横に振った。
『私は違うと考えている。この教えは、本当に生きたいと願う者に向けられた言葉だと思うんだ。どうしようもない窮地に陥った時、絶望に膝を折るのではなく、自暴自棄になって無謀な突撃をするのでもなく、最後の最後まで諦めずに生きる道を探し続ける。それが、お前の名前に込められた意味だ!』
『……いや、多分親はそんな難しいこと考えてない』
『ならば私が考えた!』
オルテシアは笑いながら自慢げに言った。凛とした大人な女性の印象だったのに、たまに子供っぽいところを見せる人だった。
『その技は体に負担がかかるから多用は禁物だ。だが、紛れもなくお前が手にした、お前だけの力だ。いざ使う時は胸を張ってその名前を叫ぶといい——』
〈黒星
ベレスはオレの変化に戸惑っているようだった。
奴の目から見たら、オレは黒い蛇が巻き付いたような漆黒のアザが全身に浮かび、纏う雰囲気も禍々しいものになっているはずだ。
「なんだ、その姿は? ひどく醜悪な姿だ」
「そう言うなよ。こいつがオレの本気さ。出し惜しみして悪かったな。なかなか火がつかない
「ならばそのか細い火を吹き消してやろう!」
ベレスがオレを叩き潰そうと、岩の鎧を纏った腕を振り下ろしてくる。
オレは避けなかった。正面から突っ込み、返しの蹴りをベレスの顔に叩き込む。
「が、はっ……!」
ベレスがよろけて数歩後ろへ下がった。どうやらオレの動きは予想できなかったみたいだな。
〈黒星死狂〉の力その1——身体能力の向上。
オレは
「
地面から何本もの尖った岩が出現した。オレは上昇した身体能力で、それらを避けていく。だが、予想だにしない方向から伸びてきた一本の岩の槍がオレの右肩に突き刺さった。
右手は
「おぉら!」
鋭い斬撃はベレスの体を切り裂き、確実に傷を与える。
ベレスは驚いているようだった。傷ついた腕で問題なく武器を振るったんだからな。
オレの右肩に黒の煙がまとわりつき、傷口に吸い込まれていく。すでに傷は完治していた。
〈黒星死狂〉の力その2——傷の自然回復。
ただ、それは純粋な回復じゃない。穴に砂を詰めて見せかけだけ治したような、出来損ないの治癒だ。この技を解除してしまえば、その瞬間に傷はまた元どおりに開いてしまう。
「ならば!
ベレスの両側で地面が盛り上がり、岩人形が出現する。
こいつの作り出す
「
オレの周囲に文字が刻まれた光の陣が浮かび上がり、その中央部から漆黒の鎖が音を立てて伸びていく。数本の鎖は岩人形たちに巻きつくと、そのまま縛り上げてしまう。
これはオレの
〈黒星死狂〉の力その3——
これがオレの
「……なるほど、黒の塵か。劇的な強化は、全て黒の塵によるものだな?」
ベレスがオレが生み出した漆黒の鎖に触れ、手に付着した物体を見て呟いた。
さすがだな。すぐに気が付いたか。
魔物の体を構成する暗黒物質“黒の塵”。
魔物の力を自分のものにする
身体能力の底上げも、傷の治癒も、既存の
代償は大きい。ただでさえ人間に悪影響を及ぼす黒の塵を取り入れているのだ。それは自分の体を破壊する行為に近い。
天井知らずの自己破壊。
底知らずの自己犠牲。
だが、今はそんなこと気にしている場合じゃない。勝つためならどこまでも死に向かってやるさ。その先に道があるんだろ——なぁ、オルテシア?
オレの星は、絶望の中でこそ輝く。
「これは強敵だな。認識を改めねばなるまい……貴様は愚物だが、少しはやるようだ」
「お褒めに預かり光栄だよ。そのまま油断してくれていたら、オレも楽に勝てるんだがな」
「この私に油断などない。褒美代わりに見せてやろう——この私の4つ目の
ベレスの右手に刻まれた《一輪の紋章》を掲げる。4枚全ての花弁から黄土色の光が眩く輝き始めた。
「仰ぎ見よ、絶望せよ——
ベレスの周囲に六つの小さな石ころが浮かぶ。石ころは空中で回転を始めると、転がした雪玉が大きくなっていくように巨大化していく。
やがてそれらは家屋ほどの大きさにまで膨れ上がった。巨大な六つの岩石が空中に浮かび、地面に深い影を落とす。
「もう一度告げよう。貴様は、何一つ守ることなどできないのだ」
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