5-6、シグルイ


 リースを腕に抱えるオレのもとに、ユイファンとフィオが駆け寄ってくる。


「さっすがシグルイくんっス! 雷の力も乗り越えるとは!」

「しぐるい、すごい」


 2人に賞賛され、オレはなんだか照れ臭くなる。ちょっと前までなら斜に構えてあしらっていたんだろうけど。


「ありがとう、お前たちが戦って手に入れた情報のおかげだ」


 素直に感謝を述べると、ユイファンとフィオは不思議そうな表情で顔を見合わせた。


「しぐるい。ビリビリ受けて性格変わった?」


「変わってねえよ!」


 なんでたまに素直な態度を取ったら怪しまれるんだよ!

 フィオの戯言はともかく。


「まだ気は抜けねぇぞ。あいつが残っている」


 腕を組んで立つ岩の勇者ベレスに目を向ける。雷岩巨人キュクロプスがやられたというのに、あいつは余裕の態度だ。

 残ってるなどという話ではない。ベレスこそが最大の障害で、この戦場における最強の敵なのだ。あいつに勝たないことには小さな勝利はなんの意味もなさない。


「シグルイ=ユラハ。なぜ私が今の戦いに手を出さなかったのかわかるか?」


 ベレスが問いかけてきた。


「……あんたが出張れば、すぐにリースを取り返すことができるからだろ?」


「その通りだ。リースレインを奪い返し、その体で再び雷岩巨人キュクロプスを作れば結果はなにも変わらん。お前がやったことはなんの意味もない行為なのだ」


 ベレスがゆっくりと歩き出す。右手の五指を折り曲げ、関節を鳴らした。


「束の間の再会は楽しかったか? だが、その体ではもはや動くことすらままならんだろう。結局お前は、何も守ることなどできないのだ」


 確かにオレの体はもともと満身創痍だったところに加えて、雷岩巨人キュクロプスの雷撃を直に浴びてボロボロだ。正直、立っているのも辛い。

 だけどオレは、正面からベレスを見て言った。


「守るよ、全部。リースも、ユイファンも、フィオも、この街も」


 オレの言葉に、ベレスが足を止める。


「何? 今なんと言ったのだ? 守るだと? 魔界で銀の勇者を見捨てて逃げたお前がか? ふざけたことを抜かすな。お前にその権利などないのだ!」


「違う、オレは逃げたんじゃない。。あいつの選択を、あいつの覚悟を、オレはもう否定しない!」


 自分が生き延びてしまったことを悔やんでしまえば、それはオルテシアの行為を侮辱することになってしまう。オレはようやく気づくことができたんだ。そんな簡単なことに、ようやく。


 だから、ちょっとだけ前向きに考えてみることにした。


 オルテシアが死んだ意味じゃない


 オレが生き残った意味を


「守るよ、今度こそ。それが——オレが今ここに生きている意味だから」


 オルテシアに紡いでもらったオレの命で、誰かの未来を紡ぐ。そうして意志は、受け継がれていく。

 それが、オレなりに出した答えだ。


「2人とも、リースを頼む」


 オレは腕に抱えていたリースの小さな体をユイファンたちに預けた。静かに眠る少女勇者の顔を見て、オレの心が和んだ。

 そう、今度こそ守るよ。オレがちょっとだけ前を向くことができたのは、お前のおかげだから……リース。


「もはや貴様に慈悲は与えん! この私自ら、その汚れた魂を打ち砕いてくれるわ!」


 苛立ちと怒りに燃えるベレスが、その腕に〈岩群武装〉の鎧を纏って近づいてくる。


「魂が汚れてんのはどっちだよ! たくさん、たくさん殺しやがって! ふざけた口上を並べてないで、自分がただの悪党だってことを自覚しやがれ!」


 オレは短剣ダガーを鞘から引き抜くと、ベレスに向かって歩いていく。

 一歩踏み出すごとに、オレの体に醜い黒いアザが広がっていく。指先から腕へ、腕から体へ。そして顔へ。


 戦職クラスを極めた先に手にすることのできる力、終極戦技ファイナルアーツ。オレが今から見せるのは、魔物を喰らう魔喰兵ネクロファジアの力の終着点。オレの体に残った最後の呪いだ。


終極戦技ファイナルアーツ……」


 オレは歩きながら、オルテシアの顔を思い浮かべた。かつてはオレの世界の全てだった、愛しい銀の勇者の顔を。


 なぁ、オルテシア。


 オレはお前を守ることができなかった。


 だけど、どうか許してほしい


 お前じゃない、違う誰かを守ることを——

















終極戦技ファイナルアーツ〈黒星死狂シグルイ〉」



 お前が名付けてくれた、この力で!

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