6-2、年代記《クロニクル》
鎧を纏った銀色の髪の女性は、巨大樹を背にゆっくりと歩いてオレに近づいてくる。
オルテシア。
かつてオレが所属していた
第七次魔界遠征で、オレたちを逃すために強大な力を持った敵と戦い、そして命を落とした。
もう二度と会うことはできないと思っていた最愛の人が、今目の前にいる。
「どうした、シグ。涙など流して」
オルテシアが苦笑しながら言った言葉で、オレは自分の目から涙が溢れていることに気がついた。
一体、これは何の涙なんだろう? 拭っても、拭っても、止まることはない。
「オルテシア……あのさ、オレは、お前に話したいことがたくさんあるんだ」
何とか声を振り絞って言うと、オルテシアは優しく笑ってオレの肩に手を置いた。
「それは楽しみだ。お前の話なら、いくらでも聞こう。どれだけ長くなったとしても」
それからオレたちは
オルテシアを失ってから、オレは一人ぼっちになってしまったこと
何もやる気力が起きずに冒険者を辞めて無職になったこと
カーマヤオという街で、酒を飲みながら自堕落に日々を過ごしていたこと
リースという勇者の少女と出会い、無理やり冒険に連れ出されたこと
怪奇現象が起きるという森の中で、巨大な花の姿になった
かつて共に魔界遠征に行った岩の勇者ベレスが、恐るべき計画を企て街を襲撃したこと
一度は完全に敗北し、リースを連れ去られてしまったこと
それでもどうにか立ち上がり、仲間を奪い返して正面からベレスと戦ったこと
最後には勝利したが、オレ自身も命を失ってしまったこと
新しい仲間がずっとオレを心配してくれたこと
長い、長い物語を全てを話した。
オルテシアは頷きながら、いつまでも話を聞いてくれた。その反応が嬉しくて、オレはつい話に熱を込めた。
「……なぁ、オルテシア。オレ、頑張ったよ。お前が名前をつけてくれた力で、仲間を守ったんだ。今度こそ、守ることができたんだ」
オレは、子供みたいに泣きながら言った。
オルテシアは昔のように、オレの頭に手を置いて撫でてくれる。
「よく頑張ったな、シグ。偉いぞ。よくぞ街を、そして小さな命たちを守り切ったな。私は、お前を誇りに思うよ」
オルテシアの言葉は温かくて、オレの心の中にスッと入ってきた。
心地よい時間だ。
いつまでもこの時間が続いて欲しいと思うほどに。
「……それでさ、オルテシア。オレ、わかったんだ。お前がオレたちを逃がそうと炎の向こうに歩いていった時、どんな表情をしていたか」
オレはずっとわからなかった。
オルテシアがオレたちの盾になるため魔界に残ろうとした時、一体どんな表情でいたのだろうかと。
悲しみと怒りで歪んでいたかもしれない。そんな風に考えた時期もあった。だけど今ならわかるんだ。
「あの時……お前は笑っていたんだな。どうしようもない状況だったのに、お前は笑っていたんだ」
オレが告げると、オルテシアはふっと笑った。
「なんだ、そんなことに今更気がついたのか。お前ならわかってくれていると思ったんだがな」
オレは首を横に振る。目から涙が溢れ落ちていった。
「あぁ、そんな簡単なことに気づかなかったんだ。オレは今まで、ずっとな……。ずっと、オレはお前から目を背けて、暗闇の中でじっとしていた。何かを失うことが恐くて、何も持たないようにしていた。無色透明なままで生きようとしていた」
でも
「それは違ったんだな。オレはあの時、お前に未来を託されたんだ。オレがしなきゃいけなかったことは、お前に託されたものを背負って歩き続けなくちゃいけなかったんだ。そんな簡単なことに、オレは、ようやく、気づいたよ……」
オルテシアは黙ったままオレの話を聞いていた。全てわかっているよ、とでも言うように。
情けないオレを許してくれているかのように。
「なぁ、オルテシア。オレはうまくやれたかな? 託されたものを背負って、そいつを……そいつをさ、誰かに渡すことができたかな?」
「さてな。お前がうまくやれたと思えば、そうなんじゃないか。答えはお前自身が知っているはずだ」
そう言われ、オレはオレの未来である3人の女の子を思い出してみる。
まぁ、あいつらならオレみたいに躓くことなく、しっかりと前を向いて歩き出せるだろうよ。
あいつらはオレよりもずっとずっと、強い奴らだから。
「だがな、シグ。お前は一つ勘違いしていることがある」
オルテシアは立ち上がると、オレの正面に立った。そして、真っ直ぐにオレを見る。
予想外の行動に、オレは戸惑う。
「お前の物語はまだ終わってなどいない。誰かに渡してそれでおしまいというほど私が託したものは軽くはないはずだ。お前は歩き続けなくてはいけない。どこまでも、どこまでも」
突如として、視界が揺れた。
はるか見上げるようにそびえ立っていた
壊れようとしている。
甘い、甘い、夢が。
「お前の物語は、お前自身が紡がなくてはならない。たとえ一つの出来事が終わったとしても、それで1人の人間の物語が終わるわけではない。形を変えて
そう語るオルテシアの顔が、遠ざかっていく。オレは銀の勇者に向けて手を伸ばした。
「待て、オルテシア! まだオレは、お前と話したいことが……!」
「お前はまだここに来るときではない。精一杯、自分の物語を歩き続けろ。そして……お前を必要とする者たちのそばにいてやれ」
あれほど光に満ちていた空間が暗くなり、オルテシアの姿が消えていく。
奇跡の時間が終わろうとしている。もう二度と会えないと思っていた最愛の人と話ができた、奇跡の時間が。
「オルテシア!」
オレが名前を呼ぶと、銀の勇者はハッとしたようにこっちを見た。
「オレは、お前に会えて、幸せだった。だから、大切にするよ。お前がくれたもの全部……! もう絶対に忘れるものか。生きていくんだ、お前の分も!」
この声が聞こえたかはわからない。
だけど、最後に見えたオルテシアの顔は笑っていた。
それでいい。それだけで十分だ。
確かな思いは、ここにあるから——
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