終幕、物語の始まり
* * *
……………………
………………
…………
……
光だ。
光が見える。
隙間から差し込むような微かな光が。
「う……ん……」
オレはゆっくりと瞼を開ける。すると、オレの顔を覗き込む3人の少女が目に入った。
「や、やった! シグさんが目を覚ましたよ! やったぁあああああああ!!」
その中の1人の少女が歓喜の声を上げ、その場でピョンピョンと跳び始めた。どうやらとても喜んでいるようだ。
オレは、自分が蔦で編まれた籠の中で横になっていることに気がついた。その縁に手をかけると、ゆっくりと体を起こす。
随分と体が鈍ってしまったような感覚があるが、なんとか立ち上がることはできた。
頭の中が霞みがかっている。なぜ自分が今、この場所にいるのか思い出そうとするが、空を掴もうとするかのように手応えがない。
「シグさん……本当に良かったぁ……! これで目が覚めなかったらどうしようかと……!」
喜びでピョンピョン跳んでいた少女が、そばに近寄ってきて、今度は泣きながらオレの手を握ってきた。感情の変化が忙しいやつである。
なんとなく、この少女には見覚えがあった。オレの記憶の中にいる少女と、面影が重なる。
「お前、もしかしてリースか……?」
オレは恐る恐る、少女に尋ねた。
少女は小さく頷くと、少しだけ寂しそうに笑う。
「……うん、そうだよ。あなたがよく知ってるリースだよ。ちょっとだけ見た目は変わったかもしれないけど、心はずっとあの時のままだよ」
リース。
オレを闇の中から連れ出してくれた小さな勇者。
だが、目の前にいる少女はオレの知っている姿より背が高くなっていて、藍色の髪も長く伸びている。
少し考えて、理由がわかった。この少女が少しだけ成長して大人びていくまで、オレは眠っていたんだ。
「オレは、一体どれくらい寝ていたんだ……?」
「大体1年くらいっスかねー。季節も一回りして、すっかり春になってるっスから」
オレの疑問に答えたのは、背の高い黒髪の少女だった。
ユイファン。
もともと発育のいい体つきだったが、さらにしなやかに、逞しく成長している。少女というよりも、女性と呼ぶべきかもしれない。
それにしても1年……1年か。
その時間を長いと捉えるべきか、短いと捉えるべきか。
無駄に歳を重ねちまったオレにとっての1年は、あくびをする間に過ぎてしまう短いものだが、若いこいつらにとっては、一生のほとんどにも感じるような濃厚な時間だっただろう。
「フィオたちは、砂漠の国に行ってきた。とても、長い旅だった。だけど、楽しい冒険だった」
黒のローブを目深に被った少女が前に出てきた。
フィオ。
記憶を失った
こいつだけはあまり見た目が変わっていないが、きっと内面は驚くほど豊かになっているのだろう。オレの知っているフィオよりも、少しだけ表情がわかりやすくなっている。
「砂漠の国って……お前ら、そんなところまで何をしに行ってたんだ?」
「もちろん、シグさんに目覚めてもらう霊薬を探しに行っていたんですよ! 王族が持つ秘宝の一つ『虹蛇の涙』。ボクたちは王様が出した三つの試練を乗り越えて、その霊薬を手に入れたんです」
リースが胸を張って言った。
どうもどうやら、オレはこいつらが手に入れてきた貴重な薬のおかげで目を覚ますことができたらしい。
1年にも渡る冒険の中でようやく手にした宝を使って、やったことがオレの蘇生か……勿体無いにもほどがある。
「……あのなあ。せっかく宝を手に入れたんなら、もうちっとましな使い方をしろよ。それだけ珍しいなら、売ればいい値段になっただろ。そしたら武器も防具も、いいやつが揃えられたろうに」
ため息をつきながら言った後に、オレは少し考え直した。
「いや、今のは忘れてくれ。お前たちに失礼だった。その、なんだ……ありがとう」
素直に感謝を述べると、フィオがじっとオレを見てきた。
「しぐるい……寝てる間に頭打った?」
「打ってねえよ⁉︎」
全く、人が少し素直になったら揚げ足を取ってきやがって。
オレが蔦の揺りかごから出ようとすると、リースが手を出してきた。オレはそいつを掴んで、引っ張り出してもらう。
暗闇の中で閉じこもっていたオレを、光の中へ連れ出してくれた時のように。
オレは3人と並んで、森の中の道を進んでいく。1年も寝たきりだったのに、問題なく歩くことができているのは、オレの命を繋ぎ止めてくれていた
別れ際に、ドアテラさんには丁重にお礼を言っておいた。
「もう少しで森を抜けるっスね」
先導するユイファンが呟いた。道の先に、光が見える。
光は少しずつ大きくなり、やがてオレたちはその中へ足を踏み込んでいった。
頭上を覆っていた木々が消え、一気に青空が広がった。
青々とした草原を風が駆け抜けていく。
広い世界の中に、オレはいた。
オレが目の前の光景を眺めていると、リースが正面に立った。雷の勇者は、緊張した様子でオレを見た。
「あの、シグさん……ボクたちから、大切なお願いがあります」
「お願い?」
聞き返すと、リースは頷いた。
「ボクたちは、あなたと一緒に歩いていきたい。あなたの、本当の仲間になりたいって、本気で思っているんです。だから、シグさん……ボクたちの
リースの表情は真剣だった。その隣ではユイファンもフィオも、じっとオレの顔を見て答えを待っている。
この誘いは断るべきだ。
こいつらは、こいつらだけで十分、冒険をやっていける。そこにすでに引退した不純物みたいなオレが混じるべきではない。それがきっと、遠からずこいつらのためになるはずだ。
拒絶の言葉を告げようとした時、不意に誰かの声が聞こえた気がした。
『精一杯、自分の物語を歩き続けろ。そして……お前を必要とする者たちのそばにいてやれ』
それは、誰の言葉だっただろうか。
思い出せない、だけど、大切な言葉だ。
見えない誰かの手に背中を押され、オレは勇気を振り絞って答えた。
「し、仕方ねえなあ! 1年経っても、まだオレの子守りが必要なのか。心配だから、もう少しだけついて行ってやるよ!」
そこまで言ったところで恥ずかしくなり、オレはリースたちから目を逸らした。
「だから、その……よろしく頼む」
「やったぁあああああああああああ!!!!」
答えると、間髪入れずにリースとユイファンとフィオが抱きついてきた。
いや、待て、まだ体調は万全じゃないんだってば!
もみくちゃにされながら、こいつらの笑顔を見ていると、まぁこれはこれでいいかなと思えてきた。
なぁ、オルテシア。
オレは、お前と別れた時に、もう自分の物語は終わっちまったもんだと思っていた。
だけど、そいつは間違っていたみたいだ。
お前が繋いでくれた命がここにある限り、オレの物語は終わらない。
形を変えて
旅路は
続く——
「さぁ、新しい仲間が加わったから、恒例の“アレ”をやろうか!」
「おお、いいっスね!」
「やる」
リースが楽しそうに声を上げた。他の2人も頷く。
ん? 恒例の“アレ”ってなんだ?
首を傾げている間に、オレの左手はガッチリとリースの右手に掴まれる。その時に、オレは思い出した。いつかこいつらがやっていた、恥ずかしい行為を!
リースに引っ張られて、オレは草原を駆けて行く。反対側ではユイファンとフィオも手を繋いでいた。
よせ、やめろ!
恥ずかしいぃぃぃ!
心の叫びは誰にも届かず、オレの体はぐんぐん加速していく。
緩い傾斜の丘を下っていくと、リースの「せーのっ」の掛け声で同時にぴょんと跳び上がって声を合わせる。
「「冒険が始まるよ!!」」
〈ユグドラクロニクル〜無職なオレが、女勇者に懐かれたら〜 完〉
ユグドラクロニクル〜無職なオレが、女勇者に懐かれたら〜 三ツ葉 @ken0520
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