4-13、暴かれる過去


 正義の執行?

 何を言っているんだ、こいつは。

 何もかもわからないことだらけだが、ただ一つはっきりしたことがある。ベレスは——敵だ!


「そんな……嘘ですよね。だ、だって、ベレス様は二つ名を授かった真の勇者で……この街の英雄で……!」


 リースは現実を受け入れられていないようだった。視線が泳ぎ、動揺を隠せていない。


偽竜ドレイクどもを操っているのは、魔物を操る〈くくりの魔術〉だな? ごろつきの男に〈変身の魔術〉を教えて悪魔にしたのもあんただろ。魔術なんて外道の法に手を出して、堕ちてないってのは虫のいい話だな」


 散らばっていた混沌ケイオスの欠片が、この男に収束していく。岩の勇者ベレスは、混沌の術である魔術に手を出したのだ。


「力を得るという意味では、魔術も精霊術も、もっと言えば戦職クラス職能アーツも等しく変わらん。ただ、代償に何を払うかというだけの話だ。あの冒険者崩れの男も、悪魔の力を使いこなせていれば我が戦列に並べてやったのだがな。やはり、愚物は愚物だ」


 ベレスは言い切った。

 なぜ、こいつはこれほどまでに力を求めるようになったんだ? 魔界遠征で仲間を失ったことへの復讐か? ならば、故郷の街を襲うなんて行動には出ないはずだ。

 ベレスの意図が読めない。こいつはなぜ、破壊に手を染めたんだ?


「ちょうど手駒が減っていたところだ。雷の勇者、お前も我が兵隊に加えてやろう」


 狂気を隠すことをやめたベレスが、その大きな手でリースを掴もうとする。こいつは、リースを新たな岩巨人ゴーレムの動力源にするつもりだ。


「させるかよ! 職能アーツ〈蒼狼天爪〉!」


 オレが振るった短剣ダガーから3本の蒼い光が生まれ、爪となってベレスに襲いかかる。

 ベレスは左腕で防御する。オレの爪は正確に奴の腕を捉えたはずだったが、ベレスは無傷だった。


勇極戦技ブレイブアーツ〈岩群武装〉」


 ベレスの腕には、堅牢な岩がまるで防具のようにまとわりついていた。その岩がオレの〈蒼狼天爪〉を防いだのだ。


「リース、逃げろ! ベレスの狙いはお前だ! こいつはお前を岩巨人ゴーレムの動力源にしようとしている!」


 オレは鋭い声で指示を出す。だが、リースはまだ迷いを捨て切れないようだった。数歩走り、すぐにこちらを振り向く。


「何してるんスか、リース! 逃げるんスよ!」


 ユイファンがリースの腕を取ると、無理やり引っ張って走り出していく。ひとまずリースをこの戦場から逃がす。それが最優先だ。


「ハハハハ! 私から逃げられると思うな! 勇極戦技ブレイブアーツ〈岩窟招来〉」


 ベレスの右手の紋章が黄土色に光る。リースとユイファンが逃げようとした先に、突如として岩壁が地面から出現し道を塞いだ。

 これほど大質量の岩を、これほど速く生成することができるのか。これが、4枚の花を咲かせた真の勇者の力……!

 逃げ道を塞がれ、行き場所を無くしたリースたちにベレスの巨体が迫る。


「銀糸操術〈縛鎖チェイン〉」


 オレは〈銀糸鋼線〉でベレスの体を縛り上げ動きを封じた。


「……シグルイ=ユラハ。私がお前と会った時、お前のかつての仲間は一緒なのかと尋ねたな。あれはなぜだかわかるか?」


 ベレスと再会した時に、こいつはしつこいくらいにオレの昔の一行パーティの仲間はこの街に来ているのかと聞いてきたな。


「んなもん、知らねえよ……!」


「ならば教えてやる。お前程度の者がいたところで、我が計画の妨げにはならんからだ!」


 ベレスは〈銀糸鋼線〉を掴むと、腕力で振り回す。オレの体は自分が出した糸に引っ張られ、地面に叩きつけられた。


「が、はっ……!」


 打ち付けられた衝撃で息が漏れる。背中を強かに打ち、一瞬呼吸ができなくなった。

 すぐに立て、すぐに動け! この水準レベルの敵が相手なら、気を抜いた瞬間に敗北する。


「シグルイくん!」


 ユイファンが叫び、体を反転させてベレスに飛びかかった。渾身の拳と蹴りを放つが、岩を纏ったベレスの腕に全て防がれる。


格闘士セスタスか。動きはいい、技のキレも悪くない。だが……あまりにも軽い」


 ベレスは打撃を受けた瞬間に、防御した腕を振り払う。あっさりと体勢を崩されてしまったユイファンは、正面からベレスの鉄槌のような拳を受けてしまう。

 ユイファンの体は地面を何度も跳ね、岩壁にぶつかって止まった。すぐに動き出せないところを見ると、かなりの痛手を負ってしまったようだ。


「顕現せよ——火霊術〈火炎ノ絶槍〉」


 その間に精霊術を完成させていたフィオが、炎の槍をベレスに向かって放つ。術を受けたベレスの腕から、岩の鎧が弾け飛んだ。

 初めての有効打だ。まだ奴の体には届いていないが、鎧をひっぺがすことはできた。


火霊術士サラマンダー。なかなかの威力だ。術の出も早い。良き師に育てられたのだろう」


 ベレスの目がフィオに向けられる。その眼光に気圧されたフィオは、焦ったようにすぐに次の術を放った。


「火霊術〈炎ノ砲〉」


 生み出された火炎球が真っ直ぐベレスへ飛ぶ。ベレスは避けなかった。むしろ自分から火球へ向かっていく。


勇極戦技ブレイブアーツ〈岩窟招来〉」


 ベレスの正面に、小さな岩壁が出現した。火球が岩壁にぶつかり、小爆発を起こす。立ち上る煙の中から、ベレスの巨体が現れる。

 フィオは反応できないでいた。恐怖で固まって足を動かせていないようだった。


「あ……う……」


「機動力のない術士など、対処することは雑草を引き抜くより容易い」


 ベレスが乱雑に蹴りを放った。フィオの体は空中に高く蹴り飛ばされ、地面にぶつかる。もともと体力がないフィオだ。あれではしばらく動けないだろう。


「最後はお前だ——雷の勇者」


 ベレスの目が、リースに向けられた。リースは震えながら剣を構えている。気持ちに整理がつけられないまま、この圧倒的な強さを前にして混乱しているのだろう。

 仕方がない。勇者の力に目覚めたとはいえ、こいつはまだガキなんだ。


「待てよ、ベレス。まだオレがいるだろ……!」


 オレは立ち上がり、短剣ダガーの刃を向ける。

 戦力の差は圧倒的だ。だが、隙を見つけてリースを逃すくらいのことはできるかもしれない。

 だが、ベレスはオレに軽蔑の眼差しを向けて鼻で笑うだけだった。


「シグルイ=ユラハ。お前が勇者を守ろうというのか? 笑わせるな。あの地獄で尻尾を巻いて逃げただけの腰抜けに、そんな権利があると思うなよ」


 ベレスの言葉に、オレは冷や汗が出る。

 岩の勇者は、オレの表情の変化に気づいたようだった。その顔に、玩具を見つけたような笑みが広がる。


「なんだ。お前はまだこいつらに伝えていなかったのか? 自分の最低な姿を晒していなかったのか? 先輩風を吹かせていい気になっていただけなのか? ならば私が暴いてやろう、虚飾にまみれたお前の本当の姿を」


「おい、バカ、やめろ……!」


 オレの制止にも構うことなく、ベレスは言葉を紡いでいく。


「この男は、3年前の『第七次魔界遠征』に参加した冒険者の1人だ。私と同じくな。あの遠征は、世間に流布しているものほど華々しくはない。多くの冒険者があの地獄で散っていった。その中で、シグルイ=ユラハは勇敢とは程遠い最低の行いをした……」


 よせ、やめろ


 頼む、言わないでくれ


 言うな


 言うな


 言うな……!






「この男は、自分の一行パーティの勇者を見捨てて逃げ出したのだ。自分の命が惜しいばかりにな。『銀の勇者』オルテシアは、仲間に裏切られ、死んだ。シグルイ=ユラハに殺されたのだ」


 オレの中で、心を保っていた何かが壊れた音がした。

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