4-12、正義執行
リースが目覚めたのは“雷の力”だ。
実際に目にしたことはない、勇者の伝説を記した文献の中にその力は確認することができる。
曰く、『清浄なる裁きの光』であり、『真なる勇者の剣』であるという。数ある勇者の力の中でも、さらに特別に扱われている力だ。
まさか、リースがその力を授かることになるとは。
勇者としての
「シグルイくん、呆けてないで
ユイファンに背中を叩かれ、オレは我に返った。
弱々しいが、息はある。この分なら命は助かるだろう。
「よかったぁ……」
後から来たリースが、安堵の息をついてその場にへたり込んだ。
安心したのもあるだろうが、初めて勇者の力を使ったことで相当消耗しているのだろう。見るからに、疲れが見える。
「リース、大丈夫か? 疲れてるだろ」
「うん、少しだけ。でも大丈夫だよ。疲れよりも、心がふわふわして落ち着かないかな」
そう言って、リースのは自分の右手の甲を見た。花を模った『一輪の紋章』は、花弁が一枚だけ黄色に染まっている。
何度見ても信じられないが、本当にこいつは勇者の力を覚醒させたんだな。
「それにしても、すごい力だったっスね……頑丈な
ユイファンが感心しながら言った。
「うん……でも、うまく当てられたのは奇跡みたいだし、一回使っただけでヘトヘトになっちゃうから、そんなに使い勝手はよくないかな」
リースが放った
オレはこいつが秘めた力の大きさに、今更ながら背筋が冷たくなった。
一帯の戦場はどうやら落ち着いてきたようだった。
オレたちの戦果は1匹の
だが、黒幕が姿を現していないことが気になる。勇者をさらって
思案を巡らせていると、何かが近づいてくる気配を感じて身構えた。
「すまない。先ほど、こちらに雷が落ちたように見えたが、あれは誰かの精霊術だろうか」
中心街の方面から歩いてきたのは、巨大な存在感を放つ岩の勇者ベレスだった。一歩歩くごとに、周囲の空気が揺らいで見える。
「ベレス様!」
リースが真っ先に反応した。走って岩の勇者のもとに近づいていく。
オレは妙な違和感を感じていた。ベレスの姿はいつもと変わらないはずなのに、何か別人を見ているような気がする。
「ベレス様も戦っていらっしゃったんですね! 中心街の方は状況はどうでしたか?」
「あぁ、あちらは順調だ。つぎ込んだ兵士の数が段違いであるし、何よりこの私自身が出張っている。あっさりと鎮圧することができた」
「そうなんですね! さすが岩の勇者様です!」
リースが笑顔でベレスとやり取りをする。
なんだ? 今の会話は何かがおかしくないか? リースは気がついていないようだが、噛み合っていないような気がする。
さっきから、胸騒ぎが止まらない。何かを警告しているかのように。
「勇者のお嬢さん。確か、以前会った時は紋章を開花させていなかったようだが、もしや先ほどの雷は君の力だったのかな?」
ベレスが、リースの右手の『一輪の紋章』が色づいていることに気がついたようだった。
リースは照れ臭そうに、右手の紋章を掲げて見せる。
「はい! 先ほどの戦いで、雷の力を授かりました。自分でも驚いています」
「そうか、素晴らしい。雷は選ばれた勇者に与えられる力だ。よければ、君の紋章をもう少し近くで見せてもらえないだろうか」
ベレスが、大きな手をリースに向かって伸ばす。
ダメだ、これは……!
考えるよりも早く、オレは動き出していた。
「ど、どうしたの、シグさん⁉︎ 相手はベレス様だよ!」
「…………いいから下がれ、リース」
オレとベレスの視線が交差する。ベレスは表情を変えないまま、オレを見ていた。
「突然どうした、シグルイ=ユラハ。私はただ、同じ勇者としてその少女の紋章に興味があるだけだ」
「あんたは中心街の方で戦っていたって言ってたよな。服が汚れていないのはどうしてなんだ?」
戦闘をすれば、必ず体のどこかに痕跡が残るもんだ。それはフィオのような術士でも変わらない。だが、ベレスにその跡は全くなかった。ただ街を歩いてきたかのように小綺麗な格好だ。
「お前も知っているだろう。岩の力は遠近どちらでも戦うことができる。私は距離を取って戦っていただけだ」
「その岩の力だが……確かあんたは岩で傀儡を作る技を持っていたよな。昔見たあんたの技と、今街で暴れている
さっきから感じていた胸騒ぎの正体はそれだ。
「それはお前の思い違いだ。我が
オレは息を一つつくと、意を決して言った。
「だから……だから、勇者を動力源に埋め込んだんだろ。岩の兵士を、
オレの言っていることは当てずっぽうだ。だが、丸っきり根拠がないわけではない。
ベレスは沈黙していた。その反応は、オレの推測が正しかったと確信させるのに十分だった。
「……もういいだろ、ベレス! あんたがこのふざけた騒動の黒幕だ!」
オレの言葉に、後ろで聞いていたリースが息を呑んだ。きっと想像だにしていなかっただろう、勇者たちを利用して街を襲わせていた黒幕が、勇者だったなんてことは。
ベレスは答えなかった。否定も、肯定もしなかった。静かに笑い出し、やがて堪え切れなかったように声を上げて笑った。その声は、狂った獣のようだった。
「クク……ハハハ、ハハハハ! だったらどうする⁉︎ その刃を私に突き立てるのか?
高笑いをするベレスが両腕を広げる。連続して地響きが鳴り、奴が来た道から巨大な影が大量に列をなして近づいてくる。
その影は全て
「堕ちたか、ベレス!」
オレが叫ぶと、岩の勇者は狂気の笑みを湛えたまま答えた。
「堕ちてなどいないさ。これは正義の執行だ。私の全てを奪った世界へ、正しき刃を突き立てるためのな!」
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