4-12、正義執行


 リースが目覚めたのは“雷の力”だ。

 実際に目にしたことはない、勇者の伝説を記した文献の中にその力は確認することができる。

 曰く、『清浄なる裁きの光』であり、『真なる勇者の剣』であるという。数ある勇者の力の中でも、さらに特別に扱われている力だ。


 まさか、リースがその力を授かることになるとは。

 勇者としての潜在能力ポテンシャルは高い方だと思っていた。だが、冒険を始めて数ヶ月で紋章の花を咲かせるようなやつだとは想像もしていなかった。


「シグルイくん、呆けてないで岩巨人ゴーレムの中のシエンナさんを助け出すっスよ」


 ユイファンに背中を叩かれ、オレは我に返った。

 岩巨人ゴーレムの残骸に駆け寄ると、崩れた岩の中で眠る茶色の髪の女性を見つけた。この人が行方不明になっていた勇者シエンナだろう。

 弱々しいが、息はある。この分なら命は助かるだろう。


「よかったぁ……」


 後から来たリースが、安堵の息をついてその場にへたり込んだ。

 安心したのもあるだろうが、初めて勇者の力を使ったことで相当消耗しているのだろう。見るからに、疲れが見える。


「リース、大丈夫か? 疲れてるだろ」


「うん、少しだけ。でも大丈夫だよ。疲れよりも、心がふわふわして落ち着かないかな」


 そう言って、リースのは自分の右手の甲を見た。花を模った『一輪の紋章』は、花弁が一枚だけ黄色に染まっている。

 何度見ても信じられないが、本当にこいつは勇者の力を覚醒させたんだな。


「それにしても、すごい力だったっスね……頑丈な岩巨人ゴーレムを一撃で倒してしまうなんて」


 ユイファンが感心しながら言った。


「うん……でも、うまく当てられたのは奇跡みたいだし、一回使っただけでヘトヘトになっちゃうから、そんなに使い勝手はよくないかな」


 リースが放った勇極戦技ブレイブアーツ〈天破雷斬〉は、隙も消耗も大きいがその分威力も桁違いだ。一つ花を咲かせただけでこの威力なら、四つ全てを覚醒させたら、こいつはどんな勇者になっちまうんだ?

 オレはこいつが秘めた力の大きさに、今更ながら背筋が冷たくなった。


 一帯の戦場はどうやら落ち着いてきたようだった。

 オレたちの戦果は1匹の偽竜ドレイクと2体の岩巨人ゴーレム。別の戦場でも冒険者たちが魔物を減らしている。このまま順調に進めば、襲撃を凌ぎきることができそうだ。


 だが、黒幕が姿を現していないことが気になる。勇者をさらって岩巨人ゴーレムの動力源にする用意周到な奴が、何も手を打たないわけがない。

 思案を巡らせていると、何かが近づいてくる気配を感じて身構えた。


「すまない。先ほど、こちらに雷が落ちたように見えたが、あれは誰かの精霊術だろうか」


 中心街の方面から歩いてきたのは、巨大な存在感を放つ岩の勇者ベレスだった。一歩歩くごとに、周囲の空気が揺らいで見える。


「ベレス様!」


 リースが真っ先に反応した。走って岩の勇者のもとに近づいていく。

 オレは妙な違和感を感じていた。ベレスの姿はいつもと変わらないはずなのに、何か別人を見ているような気がする。


「ベレス様も戦っていらっしゃったんですね! 中心街の方は状況はどうでしたか?」


「あぁ、あちらは順調だ。つぎ込んだ兵士の数が段違いであるし、何よりこの私自身が出張っている。あっさりと鎮圧することができた」


「そうなんですね! さすが岩の勇者様です!」


 リースが笑顔でベレスとやり取りをする。

 なんだ? 今の会話は何かがおかしくないか? リースは気がついていないようだが、噛み合っていないような気がする。

 さっきから、胸騒ぎが止まらない。何かを警告しているかのように。


「勇者のお嬢さん。確か、以前会った時は紋章を開花させていなかったようだが、もしや先ほどの雷は君の力だったのかな?」


 ベレスが、リースの右手の『一輪の紋章』が色づいていることに気がついたようだった。

 リースは照れ臭そうに、右手の紋章を掲げて見せる。


「はい! 先ほどの戦いで、雷の力を授かりました。自分でも驚いています」


「そうか、素晴らしい。雷は選ばれた勇者に与えられる力だ。よければ、君の紋章をもう少し近くで見せてもらえないだろうか」


 ベレスが、大きな手をリースに向かって伸ばす。


 ダメだ、これは……!

 考えるよりも早く、オレは動き出していた。短剣ダガーを引き抜くと、ベレスとリースの間に割って入る。


「ど、どうしたの、シグさん⁉︎ 相手はベレス様だよ!」


「…………いいから下がれ、リース」


 オレとベレスの視線が交差する。ベレスは表情を変えないまま、オレを見ていた。


「突然どうした、シグルイ=ユラハ。私はただ、同じ勇者としてその少女の紋章に興味があるだけだ」


「あんたは中心街の方で戦っていたって言ってたよな。服が汚れていないのはどうしてなんだ?」


 戦闘をすれば、必ず体のどこかに痕跡が残るもんだ。それはフィオのような術士でも変わらない。だが、ベレスにその跡は全くなかった。ただ街を歩いてきたかのように小綺麗な格好だ。


「お前も知っているだろう。岩の力は遠近どちらでも戦うことができる。私は距離を取って戦っていただけだ」


「その岩の力だが……確かあんたは岩で傀儡を作る技を持っていたよな。昔見たあんたの技と、今街で暴れている岩巨人ゴーレムがそっくりなんだが、どういうわけだ?」


 岩巨人ゴーレムの形状をどこかで見たことがあると考えていたが、ベレスを前にして思い出した。こいつの勇極戦技ブレイブアーツには、岩石で傀儡人形を作り戦わせる技がある。そいつと似ていたんだ。

 さっきから感じていた胸騒ぎの正体はそれだ。


「それはお前の思い違いだ。我が勇極戦技ブレイブアーツ〈奇岩兵士〉は複雑な動きはできない。自律行動で戦うなど不可能だ」


 オレは息を一つつくと、意を決して言った。


「だから……だから、勇者を動力源に埋め込んだんだろ。岩の兵士を、岩巨人ゴーレムにするために」


 オレの言っていることは当てずっぽうだ。だが、丸っきり根拠がないわけではない。

 ベレスは沈黙していた。その反応は、オレの推測が正しかったと確信させるのに十分だった。


「……もういいだろ、ベレス! あんたがこのふざけた騒動の黒幕だ!」


 オレの言葉に、後ろで聞いていたリースが息を呑んだ。きっと想像だにしていなかっただろう、勇者たちを利用して街を襲わせていた黒幕が、勇者だったなんてことは。

 ベレスは答えなかった。否定も、肯定もしなかった。静かに笑い出し、やがて堪え切れなかったように声を上げて笑った。その声は、狂った獣のようだった。


「クク……ハハハ、ハハハハ! だったらどうする⁉︎ その刃を私に突き立てるのか? 戦争パレードは決して止まらぬ。全てを壊し、全てを滅ぼすその時まで!」


 高笑いをするベレスが両腕を広げる。連続して地響きが鳴り、奴が来た道から巨大な影が大量に列をなして近づいてくる。

 その影は全て岩巨人ゴーレムだった。一歩ずつ足を踏み出し、建物を崩しながら進み続ける。


「堕ちたか、ベレス!」


 オレが叫ぶと、岩の勇者は狂気の笑みを湛えたまま答えた。


「堕ちてなどいないさ。これは正義の執行だ。私の全てを奪った世界へ、正しき刃を突き立てるためのな!」

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