4-11、雷光走る
勇者は力と覚悟を女神イサナに認められた時、手の甲に刻まれた『一輪の紋章』の花弁が1枚ずつ色に染まり、その度に新たな力を授かる。
力の種類は勇者によって異なる。岩や風など自然現象を操るものから、時を操るという不思議な力まで様々だ。
「勇者の力を使うってことは、もしかして……この
リースがオレの呟きに反応した。
オレたちが依頼を受けて探していた勇者シエンナは風を操る力を授かっている。もし、
「ああ、おそらくな。何日か前にいなくなったって言ってたから、それからずっと
「……シグさん。これも、勇者になった人が与えられる試練なのかな? 勇者だから、こんな酷い目に遭わされてしまったのかな……?」
剣を構えたまま、リースは震えた声で言った。
オレがこいつと会った日。オレは、受け売りだった『勇者になるとは力を授けられることじゃない、試練を与えられることだ』という言葉をリースに伝えた。
リースは、その言葉を思い出したのだろう。
「違う。誰かに利用されることは試練なんて呼ばない。裏で誰かがほくそ笑みながらいいように使われることを、試練なんて呼ばない。絶対にだ」
オレは断言する。
試練というのは、自分の意思で選んで進んでいくもんだ。誰かにいいように使われることは試練なんて呼ばない。
「そう、ですか。だったら、我慢しなくていいんですね……」
リースは大きく息を吸うと、空に向かって思い切り叫ぶ。
「ふ、ざ、け、る、なぁあああああああああああ!!!!」
少女勇者の怒声が、戦火の街に響いた。
「
リースが怒る姿を初めて見た。
いつも笑顔を浮かべている彼女が、いつも他人を気にかけている優しい彼女が、本気で怒っている。
それだけ、この出来事はリースの心を揺さぶったんだ。勇者に憧れ、自分も理想の勇者を目指すこいつだからこそ、その思いを踏みにじられたと感じたんだ。
「待っていて、シエンナさん。すぐにボクが石の牢獄から解き放つから……!」
リースは低く身構えると、吹き荒れる風の中へ突っ込んでいく。何度か転びかけたが、リースは飛び込むように体を投げ出し風の
これまでに繰り返してきたように、岩の継ぎ目を狙って剣を振るう。だが、不安定な環境で狙いは外れ、刃は岩に弾かれる。
リースの体勢が崩れ、そこへ
援護に行こうとしたが、オレの体はさらに勢いを増した風によって弾かれる。
「リース、一旦そいつから距離を取れ! 1人じゃ無理だ!」
「ダメです! こいつの風はどんどん強くなっている。今離れたら、もう二度と近づけない。この距離で決着をつけなけいといけないんだ!」
リースの言っていることは正しいかもしれない。嵐の中心部は無風の状態になっているように、
だが、リースはたった1人で
「リース、踏ん張るっス! 自分もすぐに行くっスよ!」
嵐の中に突っ込んで、弾かれたユイファンが地面に倒れながら声を張り上げた。
「頑張れ、リース。フィオも、もっと術を練り上げてそっちに届かせる」
風にかき消されても、何度も炎の精霊術を放ち続けたフィオが、荒い息を吐きながら声を絞り出す。
こいつらも、自分にできることを精一杯やろうとしている。1人戦うリースを信じて。
なのにオレはなんだ? オレは一体何をしている? リースを助けることもせず、勇気付けることもせず、ただ立っているだけなのか?
「何度でも、何度でも挑んでやる! ボクだって……勇者なんだからっ!」
その時、リースの右手から光が生まれた。
光は手袋の下から生まれているようだった。リースが手袋を脱ぐと、右手の甲に刻まれた勇者の証『一輪の紋章』が黄色の光を放っていた。
まさか
まさか——
「あいつ、勇者の力に目覚めたのか! この土壇場で⁉︎」
勇者はその力と覚悟を認められると紋章の花弁が一枚ずつ色づき、新たな力が授けられる。そしてリースの右手の紋章は——4枚の花弁のうち1枚が光と同じ黄色に染まっていた。
覚醒したのだ。リースは、勇者として。
リースは目を見開いて、自分の右手の甲を見つめた。だがすぐに表情を引き締めると、剣を握って
その顔は、自分が何をできるようになったのか、全てを知った顔だった。
振り下ろされた岩の腕を足場に
嵐の中で、一羽の燕が空へ舞い上がった。
その勇壮な姿を見て、オレは思わず叫んでいた。
「リース、ぶちかませぇえええええ!!」
声が届いたかわからない。だが、空中にいたリースは嬉しそうに一瞬だけ笑った。
空の雲が渦巻き、中央が黒く染まっていく。黒雲の中では、幾筋もの稲光が弾けて光った。
勇者の力は一人一人異なる。そして、リースが新たに目覚めた力は——
「雷鳴の轟きを聞け!
リースが剣を振り下ろすと同時に、轟音と共に天から一筋の稲妻が落ちる。
稲妻は風を切り裂き、
「雷の、勇者」
オレはその言葉を小さく口ずさんでいた。
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