4-14、ユメノオワリ


 『第七次魔界遠征』


 勢力を増す混沌の王を封印するため20数人の精鋭の勇者が集められた。一行パーティの仲間も合わせれば100人を超える一団で、オレたちは魔界へと足を踏み入れた。

 それまでの魔界遠征で集められた情報に目を通し、万全の準備をして遠征に望んだ……はずだった。


 だが、魔界でオレたちを待っていたのは情報にはない強大な敵“魔人”だった。悪魔とも違う、人の姿をした怪物たちによって、オレたちは壊滅した。

 全員が無事の一行パーティはなかったように思う。勇者が死ぬか、仲間が死ぬか、あるいは全滅した。

 オレたちの一行パーティは、4人のうち3人が魔界から生還した。たった1人——『銀の勇者』オルテシアを除いて。


「嘘……っスよね? 仲間を、勇者を見捨てるなんて、シグルイくんがやるはずないっスよね……?」


 ユイファンが、恐る恐る尋ねてきた。

 オレは答えることができなかった。顔を向けることもできなかった。全部、全部、本当のことなんだから。


 ははは


 知られちまったよ。全部、全部、知られちまった。


 隠してた過去を、捨てた過去を。知られたくなかったやつらに、知られちまった。


「沈黙が答えだ。この男は、仲間である勇者を炎の海に1人置き去りにして、魔界から逃げてきたのだ。最低で、反吐が出る愚劣の行いだ」


 ベレスが追い打ちをかけるように言葉を重ねた。

 立っていられないほど膝が震え出す。この場から早く消えてしまいたかった。

 こいつらには知られたくなかった。いずれ別れる時まで、オレの醜い過去のことなんて知られずにいてほしかった。


 オレはあの日、勇者オルテシアを見捨てて逃げた。

 その事実に変わりはない。彼女はオレたちを逃がそうとして1人残ったのだとか、オレは倒れた仲間を背負っていたから逃げるしかなかったのだとか、聞こえのいい言い訳はいくらでも並べることができる。


 だが、結局のところ真実は変わらない。


 オレは逃げた。


 逃げたんだ。


 今、オレはどんな表情で仲間たちに見られているのだろう。軽蔑か、失望か。何にしろ、もうオレはリースたちの隣にはいられない。


 何も守れず


 何も救えなかった


 みじめなオレに、もはや居場所なんてないのだから……!


「……だとしても、オレはお前と戦う。お前は敵だ。お前は、敵だ……!」


 オレは短剣ダガーを振りかざし、ベレスに斬りかかる。頭の中がぐちゃぐちゃで、もう何も考えることができない。

 だから、せめて戦うことにした。そうしている間は、リースたちの顔を見なくて済むから。


「震えた足に、青ざめた顔。お前の戦意はすでに喪失している。お前がやっていることは、ただの現実逃避だ」


「だからどうしたってんだよ!」


 振るった短剣ダガーはあっさりとかわされる。


勇極戦技ブレイブアーツ〈岩群武装〉」


 流れたオレの体に、岩の鎧を再装備したベレスの拳が容赦無く振るわれる。鈍い痛みが腹に走った。オレは胃液を吐き出し、地面に横たわる。短剣ダガーが力なく手から落ちた。


 痛い、もう嫌だ。

 立ちたくない。このまま寝ていたい。

 だけど、戦わなくちゃ。

 戦わないと……オレはもう、自分を保つことができない。


「あぁああああああ!」


 声にならない叫びを上げ、オレはベレスに殴りかかる。ベレスはもう、オレを見ることはなかった。


勇極戦技ブレイブアーツ〈岩窟招来〉」


 地面から生まれた岩が、オレの体に突き刺さる。それらは先端が尖っていて、まるで岩でできた槍のようだった。

 全身を鋭い痛みが貫いた。あまりの痛みに叫びかけたところで、岩を纏ったベレスの拳に殴られる。

 オレの体は、路上に捨てられたゴミのように地面に転がった。岩の槍に貫かれた傷から流れた血が、土に染み込みどす黒い色に染めていく。


「……気は済んだか? 最後まで、醜い男だったな。冒険者もここまで落ちぶれると、みじめなものだ」


 吐き捨てるように言ったベレスの言葉は、どこか遠くから聞こえた。

 もう、動くことはできなかった。

 全身を蝕む痛みに感覚が麻痺して、意識が遠ざかっていく。


 これでいい。

 このまま死ねば、オレはあいつらの失望した顔を見ずにいることができる。仲間を見捨てたクズ野郎だと、軽蔑の眼差しを向けられているのを知ることなく、オレは消えることができる。


 これでいい。これでいいんだ。

 そう自分に言い聞かせていると、オレのすぐ前に立つ影があった。


「大丈夫だよ、シグさん」


 リースが、オレの名前を呼んだ。

 オレは、リースの顔を直視できなかった。軽蔑されているに決まっているから。失望されているに決まっているから。

 だが、小さな勇者は穏やかな声で続けた。


「ボクは、シグさんのことをずっと見てきたんだ。情けないところも、カッコいいところも知ったつもりだよ。だからボクは、シグさんのことを信じている。ベレス様が言ったことが本当だとしても、事情があったんだって、ボクは確信してる」


 なんで

 なんで、そんなことが言えるんだよ。

 オレは、仲間を見捨てて逃げた、最低の奴なのに。なんで、信じるなんて言葉をかけてくれるんだよ……!


 さっきまで震えていたはずのリースが、堂々としたたち住まいで剣を構えた。その切っ先は——真っ直ぐにベレスへと突きつけられている。

 リースは、覚悟を終えたんだ。


 やめろ

 頼むから、やめろ。

 逃げろ

 逃げてくれ、リース。


 オレはもう……何も失いたくないんだ。


「よくも、ボクの仲間を痛めつけ、侮辱してくれたな。ベレス様……いや、ベレス! ボクは、お前を許さない。雷の勇者リースレイン=ファラシオン——推して参る」


 聞きなれない名前を告げ、リースはベレスに相対する。


「ほう。今の時代の勇者にしては、悪くない面構えだ。さぞかし、活きのいい岩巨人ゴーレムの素体となるだろう。岩の勇者ベレス=グレイド——応えてやろう」


 ベレスが五指を折り曲げ、指を鳴らす。


 願いは無残に砕かれて。2人の勇者は激突した——

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