4-15、勇者と勇者


職能アーツ〈戦刃加速〉!」


 リースは剣に青白い光を纏わせ、ベレスに向かっていく。新しく身に付けた〈戦刃硬化〉ではなく、使い慣れた職能アーツを選んだようだ。

 ベレスは岩の鎧を纏った腕で迎え撃った。リースは軽快な歩法でベレスの拳をかわすと、体を回転させて刃を振るう。


「範囲斬撃〈鶴翼薙ぎ〉」


 鋭い横薙ぎは、しかし腕を無理やり引き戻したベレスに防がれる。

 リースは冷静だった。体勢をやや崩したベレスに、休む間を与えず次の攻撃を浴びせにいく。


「まだまだ! いくよ、一瞬二斬〈燕斬り〉!」


 軽装剣士フェンサーとしての彼女が最も得意とする高速二連撃だ。1発目は腕に防がれた。だが、返す剣で放った2発目がベレスの体に届く。


「ヌゥゥ……!」


 リースの刃は、惜しくも切っ先で服を斬っただけだった。だが、ベレスがこの戦いで初めて焦りの表情を浮かべる。距離を取るため後方へ跳んだベレスにリースは持ち前の速さで追撃をかける。


「くっ……勇極戦技ブレイブアーツ〈岩窟招来〉」


 追ってきたリースに対し、ベレスは地面から岩の壁を出現させる。だが、リースはそれを見切っていた。盛り上がっている途中で高さがない状態の岩壁に足をかけると、そこから宙へ身を踊らせる。


「空中襲撃〈鷹爪狩り〉!」


 鷹が空から急降下して獲物を狩るように、リースが落下の勢いを乗せて下方へ斬撃を放つ。

 今度こそ、リースの刃は完全にベレスの体を捉えた。岩の鎧に覆われていない肩口を斬り裂き、傷を負わせる。


 今のところはリースが押している。やはりあいつは、対人戦闘で真価を発揮するようだ。


「ふむ……どうやら私も鈍っているようだ。魔術の習得と襲撃の下準備ばかりに時間を取られ、実戦から離れていたからな」


 ベレスは傷をつけられた左肩に触れ、手のひらについた赤い血を眺めて呟いた。


「だが、もう目は覚めた」


 五指を折り曲げ、関節を鳴らす。あの動作はベレスの癖だ。そして、戦いに臨むための合図でもある。

 ベレスが前へ出た。歩くごとに、身に纏った岩の鎧が形を変えていく。


「仰ぎ見よ、〈岩群武装・侵略形態〉」


 研磨されたように岩が尖り、全体的に凶悪な姿に変化した。防御を薄くして、その分を攻撃に割いた形態なのだろう。前に出て、敵を屠るために。

 ベレスが腕を振るい、刃と化した岩の鎧がリースに襲いかかる。リースは正面から受けることはしなかった。機動力で攻撃をかわし、隙を見つけて斬りかかる。

 だが、攻め手でいる時よりも勢いがない。リースは受け身に回ると、速度に乗れずに崩されてしまう弱点があるみたいだ。


職能アーツ〈戦刃硬化〉」


 リースが職能アーツを切り替え、速さから硬度を重視した力を剣に纏わせた。直後、ベレスの岩石剣が迫り、リースは剣を横にして防御した。


「くっ……!」


 剣は丈夫になっても、元々の膂力の差は埋められない。リースの小さな体は跳ね飛ばされ、地面に転がる。

 ベレスは攻撃の手を止めない。地を這うリースへ、容赦なく岩石の刃を振り下ろす。割れたように、地面に巨大な跡が刻まれた。


 猛攻をなんとか凌いでいく中で、ベレスの岩の刃が地面に食い込んで一瞬の隙が生まれる。リースはそこに勝機を見つけたようだった。


「雷鳴の轟きを聞け!」


 跳躍してベレスの頭上を取ると、剣を高く掲げて雷を召喚する準備をする。天上で黒雲が渦巻き、その中央で稲光が走った。

 リースが新たに身につけた勇者の力を再び解放しようとしている。


勇極戦技ブレイブアーツ〈天破雷ざ——」


 雷を落とすために刃を振り下ろそうとした刹那、高速で飛来した岩の塊がリースの体へ直撃した。

 高質量の一撃をまともにくらい、リースは剣を手放す。天上で渦巻いていた黒雲が、溶けるように消えていく。


「土霊術〈岩石ノ撃砲〉」


 片腕を頭上に掲げ、ベレスが余裕のある態度で言い放った。


「忘れたか。私は勇者の力とは別に、土霊術士ノームの力を持っている。いかに強力な技と言えど、発動させる前に潰せば元も子もあるまい」


 空中から落ちてきた剣が、地面に突き刺さる。続いて、リースの体が力なく落下し、地面の上で跳ねた。


「あ……う……!」


 たったの一撃で、リースは体力の限界を迎えたようだった。仰向けに倒れ、起き上がることもできずにいる。

 地に伏したリースを、ベレスは上から見下した。


「これが力の差だ。身に染みてわかったか? 雷の勇者リースレイン」

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