4-16、役立たずの命


 ベレスは動けなくなったリースの両腕を掴み、無理やり持ち上げる。リースは完全に意識を失い、されるがままになっていた。

 あいつはこのまま彼女を攫い、岩巨人ゴーレムの動力源として岩の中に閉じ込めるつもりだ。


「リー……ス……!」


 リースを

 リースを助けなければ。

 止められるやつはもうほかにいない。ユイファンも、フィオもすでにやられてしまっている。

 体を起こそうとするが、全身が軋むように痛んでうまくいかない。このオレ自身も散々いたぶられた後だからだ。


 なんで……なんで、こんな時に何もできないんだ。

 オレは血がにじみ出るほど強く、唇を噛む。

 このままでは、リースが岩巨人ゴーレムの動力源にされてしまう。そうしたら、あいつは人を傷つけるために永遠に勇者の力を利用されるだけの人形になっちまう。

 優しいあの子が誰かを傷つけるために利用されるなんて、そんなことは間違っている。


 もし


 もし、自分の命と引き換えにしてでもそいつを止める方法があるなら、オレはどうするだろうか?


 決まっている。その方法を選ぶしかない。だってオレは……オレはもう、生きる価値なんて失ってしまったんだから。最低な過去を、こいつらに知られてしまったその時に。


「あぁ、ちくしょう……!」


 悲痛な覚悟と一緒に、オレは立ち上がる。

 今にも体がぶっ壊れそうだが、そんなことはもはや関係なかった。どうせこの後、


 オレの体に残った魔喰兵ネクロファジアの力の残りカス。五つの職能アーツの、最後の一つ。

 そいつを使ってしまったら、オレの体は見るも無残にぐちゃぐちゃになっちまうだろう。

 だけど、やるしかない。もうほかに、道なんて残されていないんだから——


「待てよ、ベレス……!」


 オレが掠れた声で名前を呼ぶと、背中を向けて歩き出したベレスが足を止めてこっちを見てきた。


「ほう、まだ立ち上がるか。それで、お前は私に何を見せてくれると言うのだ? 逃げ出して、死んだように日々を生きていた無職が何を見せてくれると言うんだ?」


 ベレスのあざ笑う声が聞こえる。

 うるさい。そんなことはわかっている。オレが仲間を見捨てて逃げ出して、後悔に囚われて生きてたことくらい、オレが一番わかっているんだ。


「もう全部全部、どうでもいい! お前の計画も、オレの命も……! だけどせめて、リースだけは返してもらう。それがオレの、最期の仕事だ!」


 戦職クラスを極めた先に手にすることのできる力——終極戦技ファイナルアーツ。オレが今から見せるのは、魔物を喰らう魔喰兵ネクロファジアの力の終着点だ。

 この体に残った最後の呪い。

 そいつを今——解き放つ。


終極戦技ファイナルアーツ〈黒星……」


 オレの体に黒の醜いアザが刻まれていき、力が湧き上がってくる。体内を壊しながら、溢れるばかりに黒の力が奔流する。


 傷の痛みが消える。


 肉体が過剰に活性していく。


 だが——変化はそこまでだった。


「うそ、だろ…?」


 オレの口から、呆けた声が漏れた。

 急速に体から力が抜け、醜いアザも消えていく。急に視界が暗転し、立っていられなくなって前のめりに倒れた。

 うまく呼吸ができない。全ての力が体から消えていったみたいだ。

 何があった? いや、何もない。ただ、オレが失敗しただけだ。


 当たり前だ。無気力に過ごしていた3年間の間に、オレの職能アーツはすっかり錆びついてしまっていたのだ。

 最後の最後にそいつをあてにしようなんて、虫がいい話だった。捨ててしまったくせに、そいつにすがろうとするなんて、そもそも間違っていたのだ。


「茶番は終わりか? シグルイ=ユラハ」


 ベレスの呆れた声が遠くから聞こえてきた。


「それでは、この少女はいただいていく。せいぜい、有効活用させてもらうさ。我が戦争パレードの尖兵としてな」


 意識を失ったリースの小さな体を片手で抱え、ベレスは歩き出した。


「結局、お前は誰も守ることなどできないのだ。最初からわかりきっていたことだった。岩巨人ゴーレムに潰され、せいぜいその人生を悔いるといい。酷くみじめで、無意味な人生をな」


 その言葉は、鉤爪のようにオレの心を抉った。

 ベレスの足音が遠ざかっていく。代わりに、進軍を再開した岩巨人ゴーレムの群れが起こす地響きが聞こえてきた。


 あぁ、まただ

 またオレは、大切な人を失ってしまった。

 何も守れず、何も救えなかった。みじめだ。本当にみじめだ。みじめで……滑稽だ。


「はは、ははは……!」


 乾いた笑いが口から漏れる。

 もう全てがどうでもよかった。この喜劇が自分の人生ならば、さっさと幕を下ろしてほしかった。


 地響きを立てて、破壊の足音が近づいてくる。もうすぐオレは冷たい石に叩き潰され、汚いシミとなって地面にへばりつくのだろう。


 どうでもいい。


 全て、全て、どうでもいい。


 この体も、この思い出も、何もかもが消えてなくなってしまえばいい。


 これが——オレの終わりだ。


 意識を完全に手放す直前、闇の中でリースの顔が思い浮かんだ。

 小さな勇者は笑っていた。こんな最低なオレに、微笑みかけてくれていた。


「ごめん、な……リース」


 小さな懺悔は、破壊の足音にかき消されていった。

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